党を選ぶのか、人を選ぶのか 活力が足りぬ今の政界

武部勤・元自民党幹事長
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武部勤氏=須藤孝撮影
武部勤氏=須藤孝撮影

 衆院選はもちろん「政権選択選挙」だ。しかし選挙は本当は、人を選ぶものだ。選挙に勝てば議員になれるが、選挙に勝っただけでは役に立つ政治家にはなれない。

競争があった中選挙区時代

 中選挙区時代は、一つの選挙区に同じ党の候補が複数出る。私が初当選(1986年)した際の旧北海道5区(定数5)は、私と中川昭一さん、鈴木宗男さん、北村直人さんの4人の自民党議員がいた。けれども、みな個性が大きく違った。人を選ぶ選挙だった。

 しかし小選挙区になって、人を選ぶ余地がなくなってしまった。本来政策は、その人の考え方、思想信条、人間性などのトータルで作り上げられていくもののはずだ。「自民党だから投票する」「立憲民主党だから投票する」のでは人の考え方がわからないままに選挙をやっていることになる。

 自民党の部会でも、同じ選挙区に複数議員がいるため、強い競争意識があって争うように発言した。農林部会でも気がついたら残っているのは旧北海道5区の議員だけ、ということもあった。選挙区では本当に血で血を洗うように争いをして、しかし地元のこと、北海道のことになると一致団結する。そういうところに自民党の活力があった。

しがみついていれば閣僚に?

 だから小選挙区になったら新しい活力をどう出すかをもっと考えなければいけない。その工夫が今の自民党には欠けている。能力の有無にかかわらず、当選回数を重ねてしがみついていればいつかは閣僚になれる。そして問題を起こしてクビになり、自民党のイメージダウンになる。

 そんなことは中選挙区時代にはなかった。昔の政治家はみんな人物だった。いろいろ苦労して、党内で、あるいは派閥のなかでもまれて、だんだん力をつけていくということが今の自民党にはない。

 野党も同じだ。昔は労働組合がもっと一生懸命選挙をやっていた。そして議員も労働者のなかに溶け込んでいた。全農林出身の政治家などには、畑仕事をしていたり、山で木を切っていたりした議員がいて、現場を知っていた。機関車の運転士だったり、郵便を配達していたり、そういう経験のある人が組合の委員長になって、国政に出てきていた。生活の匂いが染みついていた。今の野党議員にそういう人はいるか。ホワイトカラーでパソコンばかりではないか。

与野党の若手で政策実…

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武部勤

元自民党幹事長

 1941年、北海道斜里町生まれ。北海道議、渡辺美智雄通産相秘書を経て、86年衆院初当選。運輸政務次官、農林水産相、衆院議院運営委員長、自民党幹事長などを歴任した。衆院当選8回。2012年衆院選に出馬せず、引退した。