「親中」メルケル後のドイツの対中姿勢はどうなるか

西川恵・毎日新聞客員編集委員
エマニュエル・マクロン仏大統領(右)とパリで会談するアンゲラ・メルケル独首相=2021年9月16日、AP
エマニュエル・マクロン仏大統領(右)とパリで会談するアンゲラ・メルケル独首相=2021年9月16日、AP

 ドイツでメルケル政権を引き継ぐ次期政権の連立交渉が進行中だ。親中だったメルケル氏が去った後の新政権の対中政策に注目が集まるが、最近の欧州連合(EU)加盟国と台湾の接近にもメルケル氏の重しが取れ始めた兆候がうかがえる。

リトアニアへの米の強い支持

 米ホワイトハウスの国家安全保障会議(NSC)は9月13日の声明で、バイデン大統領の国家安全保障問題担当補佐官ジェイク・サリバン氏が同日、バルト3国の一つ、リトアニアのイングリダ・シモニテ首相に電話し、「米国の強い支持」を伝えたと発表した。

バイデン米大統領=2021年10月28日、AP
バイデン米大統領=2021年10月28日、AP

 リトアニアは台湾との間で相互に代表部を設置することで合意し、8月10日に首都ビリニュスに「駐リトアニア台湾代表処」が置かれた。中国と外交関係をもつ国はこれまで中国に配慮して、「台北駐日経済文化代表処」のように「台北」「経済」「文化」という言葉で政治的関係をうかがわせるものを排除していた。リトアニアに対して中国は猛抗議をし、駐リトアニア大使を本国に召還し、駐中国のリトアニア大使の帰国を求めた。

 中国政府の意見を代弁する環球時報は「リトアニアのような小国が、大国との関係を悪化させる行動をとるとは身の程知らず」と論評し、経済制裁なども示唆した。EU加盟国のリトアニアは人口約279万人だ。

 サリバン氏の電話は中国の圧力にさらされているリトアニアに対する米国の連帯の表明であり、NSCの声明によると、シモニテ首相に経済や外交、防衛面での協力強化を約束したという。リトアニアは5月には、中国の提唱で作られた中国と中東欧など17カ国の経済協力枠組み(17+1)からも離脱している。

対中でメルケル氏おもんぱかるEU

 当のEUはどうだったか。仏ルモンド紙によると、マクロン仏大統領は個人的にSNSでメッセージをシモニテ首相に送ったとされるが、どういう内容だったのか公式発表はなかった。他の首脳の動きは報じられていない。EU加盟国の国会議員グループの幾つかはリトアニア支持を表明したが、EUの執行機関である欧州委員会は1カ月以上たった10月28日になって「加盟国に対する脅しと政治的圧力は認められない」との声明を出した。欧州議会の議員たちの強い求めでやっと腰を上げた感は否めず、米国とともに結束してリトアニアに連帯を表明する機会を逃した。

(右から)バイデン米大統領、メルケル独首相、マクロン仏大統領、ジョンソン英首相=ローマで2021年10月30日、AP
(右から)バイデン米大統領、メルケル独首相、マクロン仏大統領、ジョンソン英首相=ローマで2021年10月30日、AP

 ルモンド紙は「EUのこの冷たさの理由は多分、ドイツにある。中国との関係になるとドイツの影響力、より正確に言えばメルケル氏の影響力は絶大だからだ」と指摘した。親中のメルケル氏への気兼ね、おもんぱかりが、EUとして動くことを封じたという。「ドイツの同意なくしてEUの物事は動かない」と言われる昨今である。

 ドイツと中国の近しい関係はメルケル政権の4期16年で拍車がかかった。国際会議は別にして、メルケル氏の中国への公式訪問は12回に及び、多くが大型経済代表団を引き連れての訪中だった(日本への公式訪問は3回)。現在、ドイツは自動車や化学メーカーを中心に企業5000社以上が中国に進出し、自動車生産は400万台超と本国を上回る。中国はドイツにとってアジア太平洋地域で最大の貿易相手で、同地域の貿易額の約50%を占める。

経済利益優先 「ドイツ流の静かなツートラック」

 ドイツがEU議長国だった昨年12月には、メルケル氏は懸案だったEUと中国の投資協定の大筋合意を主導した。議長国の任期切れ直前の12月30日だった。バイデン米大統領の当選直後というタイミングで、「バイデン氏への平手打ち」とメディアでやゆされた。

 ただ今年5月、EUの立法機関の欧州議会が、この投資協定の批准に向けた審議を停止する決議を賛成多数で可決した。少数民族のウイグル族の人権問題に絡み、EUの対中制裁に中国が報復措置をとったことへの反発だった。協定の批准には欧州議会の同意が必要で、早期の批准は無理となった。投資協定を引退の花道にしようとしていたメルケル氏への「平手打ち」で、同氏の親中姿勢への反発でもあった。

 社会主義政権下の旧東独で36歳まで暮らした同氏は人権や人道面に敏感で、中国首脳との会談でも中国の人権派弁護士の抑圧問題、ウイグルや香港問題などを取り上げた。しかし静かに内々に伝え、「これと経済は別」というスタンスをとってきた。

 国益が経済利益にかかわる時、権威主義的政権に妥協的になるのはメルケル氏の特徴で、ロシアに対してもそうだった。

 ロシアが14年にウクライナのクリミアを編入して以降、EUは対露制裁を発動し、半年ごとの延長ではメルケル氏が中心となってEUの制裁継続を主導してきた。しかし一方で、米国、ウクライナ、バルト3国などの反対を押し切ってロシアとドイツを結ぶバルト海の天然ガスパイプライン「ノルド・ストリーム2」の建設を続けてきた(9月に完成)。

 鋭い論評で定評のある仏ルモンド紙の元編集局長で解説委員のシルビー・コフマン氏は「ドイツ流の静かなツートラック(2路線)」と皮肉る。人権と経済は別建ての対中姿勢、表向きは厳しく裏では融和的な対露姿勢への指摘だ。

インド太平洋地域への関与へ腰上げる

 昨年7月のEU首脳会議は、新型コロナウイルスで打撃を受けたEUの経済復興のため、7500億ユーロ(約97兆円)の復興基金の創設で合意した。ユーロ危機では救済融資に動こうとしなかった緊縮派のメルケル氏が態度を一転させたことが合意に結び付いた。当時、「メルケル氏は欧州の善き一員であることを示した」と称賛された。しかしコフマン氏は「同氏は欧州の経済を救うことでドイツの景気後退を防げると思ったからこそタブーを破ったのだ」と分析する。

 欧州のシンクタンク「欧州外交評議会」(ECFR)はメルケル氏後のドイツを展望するリポートで「居心地のよさにあぐらをかいたドイツは大国とは言えない」「メルケル氏を成功に導いた時代は過ぎ去った。今日の挑戦にメルケル主義では対応できない」と指摘する。米中対立が激化し、中露がますます威圧的になっている時、同盟国や友好国への配慮を欠いた国益優先のメルケル主義はEU第1の経済大国としてふさわしくないという。

 もっともメルケル政権も末期になって、これまでの路線を微修正し始めていた。昨年9月、インド太平洋ガイドラインを決定し、遅まきながらこの地域におけるドイツの役割強化を打ち出した。今年8月にはフリゲート艦をインド太平洋に向けて派遣した。中国の軍事拠点化が進む南シナ海を航行するほか、日米やオーストラリア、シンガポールとの合同訓練をしながら日本に寄港した。

メルケル後をにらんだ欧州の変化

 この変化の背景には、経済利益優先に対するEU加盟国からの批判の強まりとともに、米中対立の激化によって一国のみに依存する経済体制のリスクをドイツ自身が認識したことがある。中国との経済関係は重要だが、中国一辺倒を修正し、インド太平洋地域に多角的なパートナーを見いだす必要性が生まれている。

 ただ、足元はまだ定まっていない。フリゲート艦をインド太平洋に向けて派遣する際、上海への寄港を中国に打診した。これに英国やフランスから「上海に寄港するなら何のための派遣なのか」との声が上がった。南シナ海は公海であり、中国領海ではないことを示す派遣なのに、上海にも寄港するのでは誤ったシグナルとなる、と。結果的には中国が寄港を拒否したが、中国への気遣いがうかがえる。

 このところ急速に東欧諸国を中心にEU加盟国と台湾の関係改善が進んでいるのはメルケル氏の引退と無関係ではないだろう。「駐リトアニア台湾代表処」設置に続いて10月下旬には台湾の呉釗燮(ご・しょうしょう)外交部長(外相)がチェコとスロバキアを歴訪した。10月初めにはフランス上院議員団が訪台しており、近くEU議会の代表団が訪台する予定といわれる。フランスなどのEU主要国は主として議員外交という形で台湾との関係改善を進め、政府もこれを黙認している。メルケル後をにらみ、対中姿勢を修正し始めたとみることもできる。

経済大国にふさわしい政治的責任を

 ドイツの次期政権の対中姿勢はどうか。現在、中道左派の社会民主党(SPD)を軸に、環境政党の緑の党と、中道リベラルの自由民主党(FDP)の3党による連立政権が模索されている。人権問題に敏感なSPDと緑の党は中国に批判的で、この点から次期政権は中国に厳しくなるだろうとの見方がある。ただ昨年、フリゲート艦を派遣しようとした時、軍事プレゼンスへのアレルギーからSPDが反対し、派遣が1年延期された。新政権になっても仏英のように頻繁に艦船を派遣することはないだろう。中国との経済関係も重要なのは変わらない。このあたりのバランスを新政権がどうとるか、だ。

 ECFRでメルケル氏後のドイツを展望するリポートを共同執筆したドイツ専門家のピオトル・ブラス氏(ポーランド)は9月14日にECFR主催のオンライン討論に出席し、「ドイツはEUで政治的責任を負う国に変わらなければならない。メルケル主義を超えることがメルケル氏のよき遺産を守ることになる」と述べた。経済オンリーでなく、地政学的構想力をもつドイツに、という。

 先のルモンド紙のコフマン氏は「メルケル氏の後継者がなすべきことはメルケル主義を放棄することであり、対中、対露関係の再調整をEUの仲間と一緒に行うことである」と言う。EUは中国を「体制上の競争相手」と規定している。EUの一員でありながらEUの外で中国やロシアと経済利益で通じ、同盟国や友好国を犠牲にすることはやめるべきだ、と。メルケル氏の引退を前に、ドイツに対し欧州のメディアや論壇で厳しい注文が相次いでいる。

首相候補のラシェット氏(右から2人目)を見守るメルケル首相(左から2人目)=ドイツ北東部シュトラールズントで2021年9月21日、念佛明奈撮影
首相候補のラシェット氏(右から2人目)を見守るメルケル首相(左から2人目)=ドイツ北東部シュトラールズントで2021年9月21日、念佛明奈撮影

 ※編集部注 11月3日に掲載した<「親中」メルケル後のドイツの対中姿勢はどうなるか>の記事について、「オリジナルな論考と、引用の区別が明確ではない」という指摘がありました。このため、引用部分を明確にし、その後の情勢も加味して、記事を修正・更新しました。

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毎日新聞客員編集委員

 1947年生まれ。テヘラン、パリ、ローマの各支局長、外信部長、専門編集委員を経て、2014年から客員編集委員。09年、フランス国家功労勲章シュヴァリエ受章。日本交通文化協会常任理事。著書に『皇室はなぜ世界で尊敬されるのか』(新潮新書)、『エリゼ宮の食卓』(新潮社、サントリー学芸賞)、『ワインと外交』(新潮新書)、『饗宴外交 ワインと料理で世界はまわる』(世界文化社)、『知られざる皇室外交』(角川書店)、『国際政治のゼロ年代』(毎日新聞社)、訳書に『超大国アメリカの文化力』(岩波書店、共訳)などがある。