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「中国版ゆとり教育」が目指す「安定」と引き起こす「混乱」

米村耕一・中国総局長
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演説する習近平総書記=中国・北京で2021年11月11日撮影(新華社通信提供・AP)
演説する習近平総書記=中国・北京で2021年11月11日撮影(新華社通信提供・AP)

 中国政府はこの夏から小中学生の①宿題②塾通い――の二つを大幅に減らす「双減」政策を強力に推進している。受験競争に伴う子どもの負担を緩和しようとの取り組みは、いわば「中国版ゆとり教育」だと言えそうだ。

 ただ、一連の政策の背景には若年層の不満を抑えこみ、社会の不安定化を未然に防ごうという中国政府の狙いも透けて見えるうえ、塾の経営を困難にし、子どもたちの進路を政府が左右しようとする強引な手法は反発も呼んでいる。

大学進学を抑制で、大卒就職難を解消?

 「要するに、本当にやる気のある子どもだけが大学に行けばいいということだ。そもそも今後の中国では事務職の仕事が減る一方、技能労働者は不足する。そうした社会では、みんなが大学に行く必要はないし、塾も必要ないということだろう」

 教育改革に関する中国政府の狙いについて中国政府系研究機関の研究者に聞くと、こんな解説が返ってきた。将来的には中国も人工知能(AI)技術の発展などで事務系のホワイトカラーの仕事は減り、ブルーカラーの技能労働者の需要が増えると見通し、こうした未来に合わせた改革なのだという。

 中国の大学進学率はこの10年間、急速に上がり続けてきた。中国教育省によると、2010年には26.5%だったが、20年には54.4%と倍増している。

 その結果、大卒の就職は厳しくなった。今年は新型コロナウイルスなどの影響もあり、大卒就職率が6割を切ったとのデータもある。中国メディアはときおり、有名大学を卒業したものの就職先が見つからず、会社に属さず単発の仕事に就く「ギグワーカー」となった若者の姿を取り上げている。

 教育水準の高い若者が失業などで不満を膨らますことは、社会の大きな不安定要素になりかねない。そこで習近平国家主席は、格差縮小をうたう新たな目標「共同富裕」に関するスピーチの中で、「技能労働者の訓練を強化し、所得水準を高め、より多くの人材をこの分野に集めることが重要だ」と述べている。

 こうした方針に呼応する教育政策が、技術教育を中心とした職業学校の拡大だ。中国政府はすでに今年3月、大学進学を目指す普通高校と技術教育を中心とした職業高校の生徒数の比率を均等に5割ずつにするよう求める通知を各地方政府に出している。

 中国メディアによると、全国的に普通高校と職業高校の生徒数の比率はおおむね6対4、北京など大都市で7対3となっている。これを厳格に5対5に変更すれば、多くの普通高校進学希望者が職業高校に回ることになるため、インターネット上では一時的に騒ぎになった。

 北京市当局などが「急激に普通高校の定員を絞ることはない」と説明したことで、やっと沈静化したが、中長期的には政府方針の通りの改革が進められる可能性が高い。

 ちなみに習氏は中国南部福建省福州市トップの書記だった1990年から96年にかけて、閩江職業大学(現在は閩江学院)の校長を兼務しており、その当時から職業教育への関心は高かったようだ。

 中国メディアによると当時、習氏は校内行事での講話で「職業大学の本分は、技能訓練と実践能力の強化だ。社会の需要に応え、一人一人の学生を多機能応用型の人材に育てなくてはならない」と語っている。習氏の「社会に役立つ人材」へのこだわりが、一連の教育改革に反映されているようにも見える。

塾講師の多くが失業の危機に

 確かに最近の中国では、大学入試や就職を巡る競争が深刻な社会問題にはなっていた。例えば、ここ1、2年の流行語に「内巻」という言葉がある。…

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米村耕一

中国総局長

1998年入社。政治部、中国総局(北京)、ソウル支局長、外信部副部長などを経て、2020年6月から中国総局長。著書に「北朝鮮・絶対秘密文書 体制を脅かす『悪党』たち」。