絶望がもたらした政権交代をしないという選択

白井聡・京都精華大学国際文化学部准教授
白井聡氏=山田尚弘撮影
白井聡氏=山田尚弘撮影

 2021年10月31日午後8時、第49回衆議院総選挙の投票が締め切られた。それとほとんど同時に、東京都調布市内の電車のなかで、24歳の男が突然ほかの乗客にナイフで切りつけ、車両に放火、17人が負傷する事件が発生した(京王線刺傷事件)。

 最も重要な選挙の投票箱が閉じられた瞬間に、絶望したある一人の若者が、「死刑になりたい」という願望に駆られて、見ず知らずの何の恨みもない人間を刃物で刺した。この同時性に、何か因縁めいたものを私は感じざるを得ない。

政権交代を望まなかった有権者

 さて、総選挙の結果をどう見るか。政権与党の勝利は、12年の総選挙以来今日まで続いている「体制」がさらに続くことを有権者が選んだことを意味する。この「体制」の欠点についてはこれまでさまざまな著述によって指摘し続けてきたから、ここでは言わない。つい最近のこの「体制」の所業、すなわち新型コロナウイルスへの対処を誤ったために約1年の間に二つの政権が飛び、日本が東アジア圏で最悪の被害国となったことのみを指摘しておく。

 正常に機能する2大政党制の国ならば、ここで政権交代が起こるのが普通であろう。だがそれは起こらなかった。その理由は、野党共闘路線がうまく機能しなかったからだとか、立憲民主党のアピール力が不足していたからだとか、さまざまに分析されている。それぞれに一理あるかもしれないが、ともかく選挙結果が物語る事実は、日本の有権者は政権交代を望まなかった、ということだ。

 私の考えでは、政権交代は絶対に起こった方が良い。仮に、新しく政権を握った政治勢力が現与党よりも能力的に劣ったとしても、少なくとも、積み重なってきた腐敗の問題は政権交代によってその落とし前をつけることができる。

 そもそも日本の統治構造においては、大臣は誰にでも務まる。大臣室に座って官僚の言うとおりに決裁すればよいだけだからである。もちろん、それはあるべき政治の在り方ではない。しかし、それはまさに日本の新型コロナへ…

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京都精華大学国際文化学部准教授

 1977年生まれ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒、一橋大学大学院社会学研究科総合社会科学専攻博士後期課程単位修得退学。博士(社会学)。専攻は政治学・社会思想。著書に「永続敗戦論――戦後日本の核心」(太田出版)、「未完のレーニン――<力>の思想を読む 」(講談社選書メチエ)、「『物質』の蜂起をめざして――レーニン、<力>の思想」(作品社)、「国体論――菊と星条旗」(集英社新書)、『武器としての「資本論」』(東洋経済新報社)、「主権者のいない国」(講談社)など。