戦争に利用されたアフガニスタンの「女性解放」の落とし穴

清末愛砂・室蘭工業大学大学院教授(憲法学、家族法、アフガニスタンのジェンダーに基づく暴力)
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清末愛砂氏=2017年9月、パキスタンのカラコルムハイウェイ上の三大山脈合流地点にて=筆者提供
清末愛砂氏=2017年9月、パキスタンのカラコルムハイウェイ上の三大山脈合流地点にて=筆者提供

利用された女性解放

 2001年の米国によるアフガニスタン攻撃の際、911の米同時多発テロへの報復であるという理由付けに、後から「ターリバーン政権から女性を解放する」という論理が加わったことに、当時、強い違和感を持った。

 「アフガン女性が抑圧されている」ことが、不自然なほど強調されていると感じた。当時の大統領夫人であるローラ・ブッシュ氏が01年11月17日に「ターリバーンによる女性に対する戦争」という題でラジオ演説をする。これは同日に米国務省が公表した報告書と同じ題名であり、米軍による攻撃が女性解放をもたらすかのように主張した。

 ラジオ演説は大統領による恒例の演説の時間を使って行われた。男性の大統領ではなく、女性である大統領夫人が発言するという計算もされていたのだろう。

軍事攻撃で女性が解放されるはずがない

 いうまでもないが、米国のミサイルはアフガン女性や子どもを避けるわけではない。こうした論理自体、おかしい。

 しかもその際に、アフガン女性が抑圧されていることを前面に押し出すために、ターリバーンが女性の教育の機会を「禁止」(実際には大幅な制限)していることや、マニキュアを塗っていると爪をはがされるといったことなどを示し、ターリバーンが女性にとっていかに残虐であるかということが、恣意(しい)的に思えるほどに強調された。

 しかし、アフガン女性への抑圧というのは、何も01年に始まったことではない。1977年に創設された独立系の女性団体であるアフガニスタン女性革命協会(RAWA)は、親ソ連政権・ソ連侵攻下でも、内戦中でも、旧ターリバーン政権時代下でも、女性の身に起きている人権侵害を問題化し、アフガニスタンの外に伝える活動をしてきた。例えば、旧ターリバーン政権時代の99年に女性の公開処刑を秘密裏に撮影し、必死の思いで外部に持ち出したこともある。その段階で、その映像に基づいて報じたメディアもなかったわけではないが、大きな関心を集めたわけではなかった。

 ところが、それから2年がたち、世界で一番強い国が世界で一番貧しい国の一つを最新兵器で攻撃している最中に、突然、アフガン女性の解放が大きく持ち出される。しかもフェミニストを自任している米国の団体がそれを理由に攻撃に賛成する。軍事攻撃の正当化に女性解放が利用されるというとんでもないことが起きていると衝撃を受けた。

相手と問題をどう共有するかが大切

 もちろん、アフガニスタンにおける女性の人権は重要な課題だ。問題は、自分たちとの関わりを振り返らずに、アフガン女性を一方的に「黙って耐え忍ぶしかない女性」と位置づけるような視点だ。相手に対する敬意と共有の姿勢が欠けている。

 教えてやる、という上からの視線で、正しいことに基づいた行動であるから正しいと言わんばかりの発想を押しつける。つまり、相手と交わるという発想がない。

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清末愛砂

室蘭工業大学大学院教授(憲法学、家族法、アフガニスタンのジェンダーに基づく暴力)

 1972年生まれ。「RAWA(アフガニスタン女性革命協会)と連帯する会」共同代表。著書に「北海道で考える〈平和〉―歴史的視点から現代と未来を探る」(共編著、法律文化社、2021年)、「ペンとミシンとヴァイオリン―アフガン難民の抵抗と民主化への道」(寿郎社、2020年)、「《世界》がここを忘れても―アフガン女性・ファルザーナの物語」(文・清末愛砂、絵・久保田桂子、寿郎社、2020年)、「平和とジェンダー正義を求めて-アフガニスタンに希望の灯火を」(共編著、耕文社、2019年)など。