ふらっと東アジア

彭帥さんだけではない。「沈黙」を強いられる女性たち

米村耕一・中国総局長
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彭帥さん=豪メルボルンで2020年1月21日(AP)
彭帥さん=豪メルボルンで2020年1月21日(AP)

 中国の著名な女子プロテニス選手、彭帥さんが11月2日に中国共産党最高指導部メンバーだった張高麗元副首相との関係を中国のSNSで告白した問題は、国際的には多くの注目を集めた。だが、中国内では一切報道されないどころか、SNS上でも関連する書き込みはほぼ全て削除され、「なかったこと」になっている。

 一方で実は、この件の直前、中国で性暴力やセクシュアルハラスメントについて訴える運動「#MeToo」の先頭に立ってきた人たちのSNSアカウントの書き込みが停止され、こちらも問題になっていた。背景や状況は違うが、発言の機会を事実上奪われている点は彭帥さんのケースと共通している。中国において性的被害を訴える運動は今後どうなっていくのか、この二つのケースから考えてみた。

乗り換え場所となった教堂

 北京市中心部、故宮からほど近いにぎやかな飲食店が建ち並ぶ大通りから北側へと路地を曲がると、正面に黄色い十字架を掲げた門とヨーロッパ式の大きな建物が見えてくる。清朝末期の1887年に建てられた、北京で最も大きなカトリック聖堂「西什庫教堂」だ。

 彭帥さんが中国のSNSで公表した告白文によると、彭帥さんは張氏と会う際には毎回、母親の車でこの教堂まで来て、そこから張氏が差し向けた車に乗り換え、張氏の住居へと向かった。住居は一般人が入れる場所ではなかったからだ。

 教堂が乗り換え地点だったのは、張氏の住まいから近く、かつ表通りから一本入った目立たない場所にあるからだろう。教堂から南東に300メートルほど行くと、灰色の高い塀に囲まれたエリアにぶち当たる。塀の内側は、中国共産党や政府機関の施設のほか、最高指導部の住まいもある中国の権力の中心地「中南海」だ。

 張氏の住まいも、塀の中か外か、いずれにせよ、このエリア付近にあるはずだ。教堂の周囲を歩き回ると、やはり告白は中国共産党の威信や体面にかかわる問題なのだ、という実感がわいた。

 彭帥さんの告白は、張氏による性的関係の強要があったこと、また一定の合意の下に関係が続いたが、その間に一切の記録や証拠を残さず、そして誰にも関係について明かさないよう求められたことを明らかにしている。

 SNSへの投稿後の中国当局の行動は素早かった。20分程度で投稿は削除された。ただ、中国のメディア関係者は「張氏が現役指導者ではないのでこの程度の対応なのだ。もし現役だったら20分も投稿が放置されることはなかっただろう」と見る。

 とはいえ、国内で告白を「なかったこと」にするその後の動きは徹底していた。中国内のSNSでは現在も「彭帥」のキーワードで検索しても告白に関連する情報は出てこない。ほぼ唯一と言っていいのは駐北京の仏大使館のアカウントによる11月22日の「われわれは彭帥選手の境遇を心配している」との書き込みだが、それすら単純な検索ではたどり着けない。

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米村耕一

中国総局長

1998年入社。政治部、中国総局(北京)、ソウル支局長、外信部副部長などを経て、2020年6月から中国総局長。著書に「北朝鮮・絶対秘密文書 体制を脅かす『悪党』たち」。