効果的な子どもの死亡検証制度を 悲劇を繰り返さないために

自見英子・参院議員
  • 文字
  • 印刷
自見英子氏=岡本同世撮影
自見英子氏=岡本同世撮影

風化させてはいけない

 吉川慎之介くんは今から9年半前の2012年7月20日、愛媛県西条市の私立幼稚園のお泊まり保育で訪れた川遊びで流されて亡くなった。5歳だった。

 一人っ子で、親の転勤で1歳のころ、愛媛県に引っ越して来た。遺族となった母親の吉川優子さんと私がはじめて出会ったのは、17年だった。まだ国会議員に当選して間もない頃だった。初めて会って話を聞いた時から、涙がとまらなかった。

 ライフジャケットを着用していない状態での水辺の事故だった。慎之介くんら31人が参加していたが、慎之介くんだけが亡くなった。あまりのことに事態を受け止められず、死体の解剖も承諾できなかったという。死体検案書には「溺水」とあったが、後ほど、死因を詳しく特定するために解剖をしておくべきだったと後悔した。優子さんが慎之介くんの遺体の傷の写真を見たのは、2年後に刑事裁判の証拠として提出された時だった。

 事件当初から保護者や園児も、一緒になって真相究明に乗り出した。保護者の一人に弁護士がおり、その方のアドバイスを受け、事件から4日後の7月24日には事故現場の「検証」も自ら行った。

 当時、西条市と愛媛県に調査委員会設置を依頼したが、「私立幼稚園に対して指導する権限はない」との理由で却下された。文部科学省に確認したところ、「地方自治体の対応が全てです」という回答だった。14年には消費者安全調査委員会へ事故調査申出書を提出するも「幼稚園等における類似事故が多発する傾向等は確認できない」という理由で断られてしまった。

 「事故を風化させたくない」――この強い思いから14年に民事裁判を起こし、独自の第三者委員会も発足させた。また、この年の9月には吉川慎之介記念基金を設立し、日本子ども安全学会を立ち上げた。翌15年に調査報告書を公開し、愛媛県と西条市へ提出もした。そして事件から4年後、16年5月に園長の刑事責任が認められ、業務上過失致死で有罪判決が出て、確定した。

所管の違いを乗り越えるために

 私が吉川優子さんに会ったのは、園長に有罪判決が出た翌年であった。子どもが、どこで死んだかによって、所管省庁が違う。事故報告様式も違う。検証の在り方も全く違う。このままでは同じ悲劇が繰り返されてしまうかもしれない。

 諸外国で制度化されている「予防のための子どもの死亡検証」=Child Death Review(CDR) を制度化してほしい。これが吉川さんの訴えだった。

 死亡した際の写真や情報は警察が持つ。刑事訴訟法第47条には「訴訟に関する書類は、公判の開廷前には、これを公にしてはならない」とあるが、「但(ただ)し、公益上の必要その他の事由があって、相当と認められる場合は、この限りでない」との但し書きがある。

 しかし、これに該当するかどうかは、事案ごとの個別判断となり、死因を知りたくても知ることができないことが多い。事故の状況を共有、分析し、次の事故や虐待の予防に社会全体で取り組むことが、死亡検証の意義だ。吉川さんは、その仕組みの必要性を身にしみて感じていた。

 私に吉川さんを引き合わせてくれたのは、山中龍宏先生だ。医療関係者らで運営し、子供の事故予防を啓発するNPO法人「Safe Kids Japan」の代表理事を務める山中先生は、私の小児科医の大先輩だ。

 若いころ、静岡県内の公立病院に勤めている時に、中学での水泳事故で、プールの底にある排水口のふたが開いて巻き込まれ、亡くなった女の子の死亡確認をしたことが、取り組みのきっかけになったという。排水口に柵のようなものがあれば起こらない事故だった。そこから、子どもの死因に関して調査と改善を重ねるべきだという、山中先生の息の長い活動が始まった。

 山中先生は、厚生労働省の科学研究費も使って調査研究をしている(日本小児科学会雑誌 116巻 6 号 1027~1035「子どもの死に関する我が国の情報収集システムの確立に向けた提言」)。行ったのは06年度から08年度だ。厚労省にある死亡票から小児の死亡を軒並み引っ張り出して、死因を統計的に分析したものだ。

 私が東大の小児科に入局した際に、新人の我々にその手伝いの仕事が回ってきた。何かの巡り合わせかもしれない。厚労省の地下にある部屋に案内され、天上まで何段にも積み上げられた棚には、びっしりと死亡票が並んでいた。全国民分だ。脚立に登って、あらかじめリスト化された小児のIDから死亡票を探し出し、研究班で用意した用紙に書き写す。病気で亡くなったお子さんの死亡票もあったが、中には痛ましい事故による死亡もあった。十数人の医局員で手分けして、1人数回程度、厚労省に通った。ほこりっぽい空気のやや薄暗い場所。今ではデータベース化されていると聞くが、役所の人でもど…

この記事は有料記事です。

残り2924文字(全文4894文字)

自見英子

参院議員

1976年生まれ。小児科医を経て、2016年参院初当選。日本医師連盟参与。参院比例代表、当選1回。自民党。