オミクロン株が伝える、我々の社会への二つの警鐘

清田明宏・国連パレスチナ難民救済事業機関 保健局長
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閑散とする国際線の到着ロビー周辺=成田空港で2021年11月30日、小川昌宏撮影
閑散とする国際線の到着ロビー周辺=成田空港で2021年11月30日、小川昌宏撮影

オミクロン株の濃厚接触者に

 11月25日に、南アフリカから初めて報告された新型コロナウイルスのオミクロン変異株の感染は世界に広がり、日本でも水際対策が強化されている。その最中の12月4日に日本に一時帰国。カタールのドーハから乗った便にオミクロン株感染者がおり、私は濃厚接触者として今、都内の宿泊療養施設で隔離・待機中だ。

人類への警鐘

 オミクロン株の脅威については、その感染力やワクチンの有効性等、すでにさまざまな報告がある。それとともに、オミクロン株は、我々人類に対する「Wakeup call」であると感じている。Wakeup callは英語の表現で、現状に対して大きな警鐘を鳴らす事例が起きた時に使われるが、オミクロン株に象徴されるコロナの時代(ウィズコロナ)は当分終わらない。

 そしてそれは世界的なワクチン接種の不平等が解消されない限り続く、という警鐘を鳴らしている。

混雑していたドーハ空港

 私は中東のヨルダンでパレスチナ難民の対策に従事している。今回の一時帰国で、勤務地のヨルダンを出発したのが12月3日。まずカタールのドーハ空港に向かった。そこで成田行きの便に乗り換える。

 しかし、ドーハ空港に降りた途端、驚きと恐怖に襲われた。空港が非常に混んでいたのだ。クリスマス休暇もあり、世界中から便が飛来し、アフリカ諸国からも多い。空港の全ての通路に人があふれ、カフェやレストランも満席だ。皆一応マスクをしているが、やはり、人との近さは恐怖だ。ドーハ空港でのトランジットは2時間だが、私は人混みを避けるため、待合室の片隅に居座り、成田便の搭乗ゲートでも、ずっと人がいなくなるまで待ち、最後に搭乗した。

人の移動は止められない

 その時、強く感じた。オミクロン株はこういう状況で生まれ、広がるのだと。ドーハ空港の異常な混雑は、人の移動を長期間制限する事は不可能である事を示している。21世紀、世界はつながっている。

 そして、人の移動を止められなければ、オミクロン株の移動も止められない。感染は続く、と。それがオミクロン株が鳴らす最初の警鐘だ。我々が向かっている社会は、まだアフターコロナではない。ウィズコロナである。

濃厚接触者に

 成田空港には翌日の12月4日に着いた。到着時のPCR検査は陰性で、予約した車で2週間の自主隔離のため都内のホテルに移動した。長旅の疲れと、無事入国できた事でホッとし、その日はよく寝た。

 しかし、次の日、厚生労働省からドーハからの便にPCR検査陽性者がいたとの連絡が入る。それが国内4例目のオミクロン株の感染者と判明、全乗客103人が濃厚接触者となり、全員、宿泊療養施設での隔離・待機となった。私は12月9日に東京都が用意したタクシーで宿泊療養施設に移動した。隔離は12月18日まで続く。

検査の毎日

 宿泊療養施設は、いわゆるビジネスホテルで、部屋の広さは10平方メートル、全てがコンパクト、Wi-Fiもあり、テレビも大きくビデオ・オン・デマンド(VOD)も無料だ。ベッドも大きく快適。便利と言えば便利だ。部屋から新宿の高層ビル街が見え、景色は良い。

 施設での一日は、朝7時の体温、酸素飽和度、脈拍の測定で始まる。入所時に渡された体温計とパルスオキシメーターを使い自分で測定し、アプリに記録する。

 その後、朝8時には朝食が出る。午前9時には、看護師から体調に対する電話が入る。正午には昼食が、そして夕方4時には再度体温、酸素飽和度、脈拍を測定する。午後6時には夕食が出る。私はテレワーク中なので、ヨルダン時間の朝8時、日本時間の午後3時から仕事が始まる。

 PCR検査の検体は朝に回収される。朝食と一緒に検査容器が部屋の前に置かれ、それに唾液を入れ、午前10時までに部屋の入り口に設置されたコップに入れる。当初は隔日の検査だったが、ここ数日は毎日だ。検査結果は翌日の午後に分かる。

厳しい隔離生活

 隔離生活は、やはり、厳しい。部屋からは一歩も出られず、食事や他の必要なものは部屋の前に置かれ、所定の時間にドアを開け、受け取る。人と直接接することは全くない。

 食事は全て弁当で、おいしくはあるが、温かくなく、野菜・果物が少ない。そのため、知り合いに頼み、野菜・果物など、いろいろ差し入れてもらった。本当にありがたい。

 運動不足も課題だ。部屋から出られないため、毎朝部屋の中を1時間歩くことにした。とは言ってもいくら歩いても1回約5メートル。何回ターンしたかを考えると悲しくなる。

 そこで、看護師の方に、申し訳なかったが、このままではコロナで参るか、運動不足で参るか、メンタルで参るか、とお伝えすると、…

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清田明宏

国連パレスチナ難民救済事業機関 保健局長

 1961年生まれ。医師。(公財)結核予防会・結核研究所国際保健部医員、国際協力機構(JICA)イエメン結核対策プロジェクト医員、世界保健機構(WHO)・東地中海地域事務局結核対策担当官(エジプト・アレキサンドリア)、WHO・東地中海地域事務局結核対策地域アドバイザー(エジプト・カイロ)、ハーバード大学公衆衛生大学院・武見国際保健プログラム・リサーチフェロー、WHO・東地中海地域事務局 結核・エイズ・マラリア コーディネーター(エジプト・カイロ)、国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)保健局長。ヨルダン・アンマン在住。2015年第18回秩父宮妃記念結核予防国際協力功労賞を受賞。