小川和久氏=北山夏帆撮影
小川和久氏=北山夏帆撮影

 敵基地攻撃能力の保有を求める声がかまびすしい。岸田文雄首相も衆参両院の本会議での所信表明演説で「あらゆる選択肢を排除せず現実的に対応する」と言及した。

 基本的には、筆者も日本には打撃力が必要だと思っている。しかし、日本の議論には空想のレベルにとどまっているものが少なくない。その部分を整理したい。

飛び交う情緒的な言葉

 まず、呼び方がおかしい。敵が日本に向けてミサイルを発射する前にたたくというのであれば、移動式発射装置が当たり前の今日、適切な表現ではない。打撃力で統一すべきだ。

 次に、何をどのようにしたいのか、まったくリアリティーを感じることができない。

 これまで、敵が撃つ前に攻撃すべきだとして、以下の国会答弁を根拠に「座して死を待つのか」と情緒的な言葉が飛び交ってきた。

「他に手段がないと認められる限り、誘導弾などの基地をたたくことは、法理的には自衛の範囲に含まれ、可能」(1956年2月29日 衆議院内閣委員会 鳩山総理答弁船田防衛庁長官代読)

 そこで、どんな打撃力をどれくらいの規模で備えるのか、それを使った場合、どのような展開になるのかを尋ねると、明確に答えた政治家、官僚は皆無に近い。

 そのくせ、「敵基地攻撃能力は必要」と身もだえするのだから、子供じみているし、国家の安全に対して無責任とさえ言える。

北朝鮮が日本に弾道ミサイルを発射する可能性

 この思考パターンは、存立危機事態や武力攻撃事態を国会で認定すれば、敵は国境でピタリと止まり、日本の安全は保たれると思い込んでいる多くの政治家や官僚と同じだ。またぞろ同じ「空想ゲーム」を繰り返していると言わざるを得ない。

 結論的に言えば、北朝鮮が日本に向けて弾道ミサイルを発射する可能性はほとんどない。日本だけがターゲットになることもない。日本列島は84カ所の米軍基地がある米国の戦略的根拠地だ。日本への攻撃に対しては、韓国と日本から猛烈な反撃が行われ、北朝鮮は壊滅的な損害を被る。北朝鮮に向けて火を噴く打撃力の現実を知れば、北朝鮮の軍事的冒険を抑止することのリアルを実感できるだろう。

韓国の「キル・チェーン」

 まず、韓国には北朝鮮の核と弾道ミサイルの脅威に対応する「キル・チェーン」がある。現在は「戦略打撃体系」という呼称で整理されているが、…

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小川和久

静岡県立大学特任教授 特定非営利活動法人・国際変動研究所理事長 軍事アナリスト

 1945年生まれ。陸上自衛隊生徒教育隊・航空学校修了。同志社大学神学部中退。地方新聞記者、週刊誌記者などを経て、日本初の軍事アナリストとして独立。外交・安全保障・危機管理(防災、テロ対策、重要インフラ防護など)の分野で政府の政策立案に関わり、国家安全保障に関する官邸機能強化会議議員、日本紛争予防センター理事、総務省消防庁消防審議会委員、内閣官房危機管理研究会主査などを歴任。小渕内閣ではドクター・ヘリ実現に中心的役割を果たした。電力、電話、金融など重要インフラ産業のセキュリティ(コンピュータ・ネットワーク)でもコンサルタントとして活動。2012年4月から、静岡県立大学特任教授として静岡県の危機管理体制の改善に取り組んでいる。『フテンマ戦記基地返還が迷走した本当の理由』『日米同盟のリアリズム』など著書多数。