普遍主義か?バラマキか? 現実的な普遍主義の可能性

井手英策・慶應義塾大学経済学部教授
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臨時国会閉会を受け記者会見する岸田文雄首相=首相官邸で2021年12月21日、竹内幹撮影
臨時国会閉会を受け記者会見する岸田文雄首相=首相官邸で2021年12月21日、竹内幹撮影

 やや皮肉を込めて言おう。日本ではこの数年の間に「普遍主義」のアイデアがすっかりお馴染(なじ)みになったように見える。

排除されるものがない

 普遍主義――この言葉をみなさんはご存じだろうか。

 ヨルゲン・ゴル・アンデルセンによれば、普遍主義は次のような特徴を持つ。まず、受給できるかどうかは権利と結びつけられているので、審査や誰かの裁量では決められない。また、給付の際、同じ利益がすべての人たちに提供されるか、少なくとも、誰かが排除されることがあってはならない。

 現実の政治と結びつけて考えてみよう。世間ではアベノマスクの在庫をどう消化するかが問題となっているが、このマスクはすべての国民に対して、所得とは無関係に配布された。この点では<普遍主義的>だ。1人当たり10万円が配られた特別定額給付金も<普遍主義的>な施策である。

 これらに対して、公明党によって提案された「未来応援給付金」は当初、すべての子どもたちに10万円が給付される予定だったが、途中で所得制限が入ってしまった。これは普遍主義が選別主義に転じた例だ。

非難と嫉妬を生まない

 普遍主義にはさまざまな強みがある。まず、特定の誰かをターゲットにしないから、「もらう者」と「取られる者」の区別を生まない。取られるだけの側から見れば、もらう者は嫉妬の対象である。当然、不正な利用がないか受益者を監視し、疑わしければ非難の声を生む。「貧しい人たちだけに配ると社会が分断される」という最近の批判は、まさにこの点を問題にしている。

 日本の社会保障は「申請主義」であり、受益者になりたければ、自治体等への申請が必要となる。その際、例えば生活保護であれば、恥ずかしさをこらえながら、自分の所得の少なさや理由を告白せねばならない。それどころか、扶養可能な親族がいないか、家族や親戚にまで連絡が及ぶこともある。いわゆる社会的スティグマだが、こうした問題を回避できるのも万人を受益者にできる普遍主義の強みだ。

財源は税であることが原則

 このように、メリットは多いのだが、じつは普遍主義にはもうひとつ重要な原則がある…

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井手英策

慶應義塾大学経済学部教授

 1972年生まれ。東大大学院博士課程単位取得退学。日本銀行金融研究所、横浜国大准教授などを経て2014年から現職。専門は財政社会学。15年、「経済の時代の終焉」(岩波書店)で大佛次郎論壇賞を受賞。16年度慶応義塾賞を受賞。著書に「18歳からの格差論」(東洋経済新報社)、「分断社会を終わらせる」(筑摩書房)、「財政から読みとく日本社会」(岩波書店)、「幸福の増税論」(岩波書店)など。近著に「どうせ社会は変えられないなんてだれが言った? ベーシックサービスという革命」(小学館)。