「仏独枢軸」再始動へ ショルツ独政権の決意

西川恵・毎日新聞客員編集委員
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ドイツのオラフ・ショルツ首相=ベルリンで2021年12月8日、AP
ドイツのオラフ・ショルツ首相=ベルリンで2021年12月8日、AP

 仏独枢軸といわれたかつての時代が再スタートする予感がある。ドイツのショルツ首相は新政権発足直後の初外遊(12月10日)でフランスを公式訪問し、マクロン大統領と欧州連合(EU)強化のために欧州統合を深化させることで一致した。

 ドイツは欧州統合の深化に後ろ向きだったメルケル時代とは一線を引き、フランスとの二人三脚へ動き出した。ロシアの軍事的脅威など欧州の脆弱(ぜいじゃく)性が顕在化している中、危機感が両国を結び付けている。

「欧州統合の深化」を第一に挙げた独首相

 仏独両国は新政権が発足すると、大統領や首相がまず相手国を最初に訪問するのが慣例で、ショルツ新首相は政権発足2日後の12月10日、フランスを公式訪問した。首脳会談後の共同記者会見で、マクロン大統領は「我々は確固とした意見の一致を見、一緒に働いていくことを確認した」と、ウクライナ問題、対中関係、移民、温暖化問題などについて突っ込んで意見交換を行ったと述べた。

 ショルツ首相は「今回は単なる友情からの訪問ではなく、個々のテーマでしっかりと意見交換を行うための訪問だ」と指摘し、会談で取り上げたテーマとして最初に「EUの強化」と「EUの戦略的主権」を挙げた。

 社会民主党(SPD)党首のショルツ氏は、緑の党と自由民主党(FDP)との連立政権樹立にあたり合意文書をまとめ、欧州統合の深化を図ることを3党間で確認。この柱となるのが「EUの強化」と「EUの戦略的主権」だ。親EUのSPD、特に緑の党は、メルケル前首相が欧州統合の深化に後ろ向きなことに批判的だった。

 ショルツ氏がマクロン氏との共同記者会見で、まず「EUの強化」と「EUの戦略的主権」を挙げたのは偶然ではない。マクロン氏は大統領に就任した4カ月後の2017年9月、欧州統合を深化させるための包括的なEU強化策をドイツに提案した。満を持しての提携の呼びかけだったが、メルケル氏はこれを黙殺した。この時、メルケル政権の保健相は「欧州に高まいな演説は必要ない。ユートピアを語ることは結束でなく分裂を招く。EUがなすべきことは直面する問題に集中することだ」と述べたが、メルケル氏の考えを代弁したものと解釈された。

 これが念頭にあるショルツ氏は、まずもって欧州統合の深化に取り組む決意をフランスで表明し、新政権のスタートで仏独協力体制を築く強い意志を示そうとしたと思われる。マクロン氏の提案から4年。やっとドイツが欧州統合の深化に真剣に向き合うことになった。

「戦略的自立」と「戦略的主権」

 EUの脆弱性はここ数年、はた目にもあらわになっている。英国の離脱によって、EUの域内総生産(GDP)は約17%減る(19年ベース)。これは当然ながら国際政治経済舞台でのEUの影響力低下につながる。EU27カ国中、ポーランドとハンガリーはメディア規制など非民主的政策を続け、EUの結束を妨げ、亀裂を生んでいる。また天然ガスを長年ロシアに依存してきたというアキレスけんが、ロシアのウクライナを巡る軍事的威圧の中で価格の高騰を招き、天然ガス供給を政治の具に使うことをロシアに許す事態になっている。

 米中対立の激化もEUを難しい立場に立たせている。米中対立のはざまに埋没しないため、EUは16年、「EUのグローバル戦略」を発表し、そこで「欧州の戦略的自立」の概念を打ち出した。米中のどちらにも偏らず、欧州独自の利益を追求するとの考えで、伝統的なフランスの外交戦略とも合致することもあって、翌年大統領に就任したマクロン氏はこれを強く推してきた。

 「戦略的自立」とショルツ氏が提起した「戦略的主権」の概念はほぼ重なる。ただフランスが強調する「戦略的自立」には「安全保障面での欧州の自立」も含まれる。しかしドイツをはじめとする多くのEU加盟国は安全保障について米国からの自立までは想定していない。「戦略的主権」という概念もまさにその含意で、「欧州の核心的主権を大事にする」という意味合いにとどまる。米国に対しても刺激的でない。

 ただ従来、安全保障を想起させる「戦略」という言葉の使用に慎重だったドイツが、あえて「戦略的主権」という言葉を使った意味は小さくない。慎重なメルケル時代からドイツは一歩踏み出したと言っても過言ではないだろう。国際政治における地政学的な戦略環境へのドイツのより積極的なコミットを求めてきたフランスにとって歓迎すべきことだ。

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西川恵

毎日新聞客員編集委員

 1947年生まれ。テヘラン、パリ、ローマの各支局長、外信部長、専門編集委員を経て、2014年から客員編集委員。09年、フランス国家功労勲章シュヴァリエ受章。日本交通文化協会常任理事。著書に『皇室はなぜ世界で尊敬されるのか』(新潮新書)、『エリゼ宮の食卓』(新潮社、サントリー学芸賞)、『ワインと外交』(新潮新書)、『饗宴外交 ワインと料理で世界はまわる』(世界文化社)、『知られざる皇室外交』(角川書店)、『国際政治のゼロ年代』(毎日新聞社)、訳書に『超大国アメリカの文化力』(岩波書店、共訳)などがある。