金正恩氏のコミュニケーション力と得られぬ「絶対的信任」

坂井隆・北朝鮮問題研究家
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2021年12月4、5の両日、平壌の4・25文化会館で開かれた朝鮮人民軍第8回軍事教育活動家大会で演説する金正恩朝鮮労働党総書記=朝鮮中央通信・朝鮮通信
2021年12月4、5の両日、平壌の4・25文化会館で開かれた朝鮮人民軍第8回軍事教育活動家大会で演説する金正恩朝鮮労働党総書記=朝鮮中央通信・朝鮮通信

 北朝鮮では、金正恩氏が権力の座に就いて10年を迎える。権力を継承した当時、指導力を疑問視された金氏は、今では強力な指導ぶりを発揮している。その要因を探る。

当初は指導力が疑問視された

 金正恩氏への権力継承の準備期間は、金日成氏から金正日氏へのものと比較すると極めて短いものだった。

 金日成氏が死亡した1994年7月当時、金正日氏は、後継者内定から約20年、公式デビューから14年を経ており、党書記・政治局委員を長く務めたうえで、軍最高司令官・国防委員長という重要な役職に就いていた。

 一方、金正恩氏は、2011年12月の金正日氏の急逝まで、後継者としての内定から約2年、公式デビューからだと1年3カ月しか経ておらず、就いていた役職も党中央軍事委員会副委員長のみで、権力継承の準備は始まったばかりだった。

 そのため、当時は、金正恩氏による独自の指導力の発揮を疑問視する見方が一般的で、体制の存続を危ぶむ声も少なくなかった。

「首領制」の威力を行使

 そうしたなか、金正恩氏への権力継承が円滑、安定的に行われた要因の一つは、「首領制」と呼ばれる北朝鮮独特の政治体制だ。

 最高指導者の地位・権威は絶対的なものとされ、後継者の選択もその手に委ねられる。金正恩氏が金正日氏によって、後継者として指名されていた以上、何人もそれに挑戦することはもちろん、疑義を唱えることさえできなかった。

 ただし、金正恩氏は、制度の上にあぐらをかいていたわけではない。執権翌年の13年6月、「首領制」を具体的かつ詳細に規定する「朝鮮労働党の唯一的領導体系確立のための10大原則」を39年ぶりに改定し、周知徹底を図ることによって、「首領制」の実効性を強めた。

 最大の実権者と目されていた義理の叔父・張成沢氏を粛清することができたのも、そうした制度的な力を有効に行使したからこそだろう。

指導者としての資質

 次に挙げるべき要因は、金正恩氏の個人的資質だ。

 まず、コミュニケーション力である。金正恩氏は、公開の演説などをほとんど行わなかった金正日氏とは対照的に、さまざまな公開の場で演説、会議の指導などを行ってきた。

 そうした席では、自らの至らなさについての反省や国民の労苦への慰労や謝意を、時に感情を交えて率直に語る姿を演出してきた。…

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坂井隆

北朝鮮問題研究家

1951年生まれ。78年公安調査庁入庁、北朝鮮関係の情報分析などに従事、本庁調査第二部長を最後に2012年退官。その後も朝鮮人民軍内部資料の分析など北朝鮮研究を継続。共編著書に「独裁国家・北朝鮮の実像」(2017年、朝日新聞出版)、「資料 北朝鮮研究Ⅰ 政治・思想」(1998年、慶応義塾大学出版会)など