続クトゥーゾフの窓から

禁止直前に奇跡の入国 訪日を諦めなかった世界的なダンサー

大前仁・外信部副部長
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外国人の入国規制が始まる直前に日本に着いた世界的なダンサーのウラジーミル・マラーホフさん(中央)。静岡県伊東市での公演後は、共演した針山愛美さん(左)と声援に応じていた=2021年12月26日、大前仁撮影
外国人の入国規制が始まる直前に日本に着いた世界的なダンサーのウラジーミル・マラーホフさん(中央)。静岡県伊東市での公演後は、共演した針山愛美さん(左)と声援に応じていた=2021年12月26日、大前仁撮影

 新型コロナウイルスの変異株「オミクロン株」の感染を受け、日本政府は2021年11月30日から外国人の新規入国を禁じたのだが、規制が始まる直前に日本に着いたダンサーがいた。バレエ界では広く知られるウラジーミル・マラーホフさんだ。どのようにして日本にたどり着き、どんな思いで公演に臨んだのかを追ってみた。

20世紀を代表する踊り手マラーホフさん

 ソ連時代のウクライナに生まれたマラーホフさん。世界的なバレエ団のアメリカン・バレエ・シアターで最高位のプリンシパルに就くなど、「20世紀を代表するダンサー」といわれてきた。2004年から14年までベルリン国立バレエ団の芸術監督を務め、53歳の今でも踊り手として舞台に立つ。1985年の来日公演を皮切りにして、訪日回数は100回を超え、日本国内のファンも多い。

 日本公演に出演するため、マラーホフさんは11月末に滞在先のクロアチアを出発した。そこに飛び込んできたのは、日本政府が日本時間の11月30日午前0時以降に出発した便に搭乗する外国人について、新規入国を原則認めないという知らせだった。「ちょっとショックを受けた」というが、パリ、ベルリンと乗り継ぎ、オランダで日本行きの飛行機に乗ったのが日本時間の29日深夜。翌30日午前、関西国際空港に着いた。本人も「あと1時間半遅れていたら、入国できなかった。幸運でした」と胸をなで下ろす。

 空港でマラーホフさんを待っていたのが、ベルリン時代に国立バレエ団で指導を受けた針山愛美(えみ)さんだった。マラーホフさんが日本に向かっているのは確認していたが、本人が現れるまで安心できない。そんな心持ちだったという。フェイスブックに上げられた映像では、カートを押したマラーホフさんが姿を現した直後、針山さんは両手で顔を覆い、放心したかのようだった。

 海外の数多くのバレエ団で踊ってきた針山さんだが、最近は日本に活動拠点を置いている。3年前からマラーホフさんを呼ぶ公演を計画してきたが、新型コロナの感染が拡大したこともあり、その訪日は5回にわたり延期を強いられてきた。だから日本政府が新たな規制を発表したときには、針山さんの脳裏に悪夢の再現がよぎったという。マラーホフさんの到着について「奇跡の入国でした」と感慨深げだ。

コロナ下の舞台に起きた静かな熱狂

 21年のクリスマスの翌日、マラーホフさんと針山さんは静岡県伊東市の舞台に立ち、四つの演目で共演した。「源氏物語」をモチーフにした演目。ベートーベンのピアノ曲に合わせたモダンダンスの作品。クラシックバレエの名作「白鳥の湖」の一場面を抽出し、黒鳥が王子を誘惑する演目。通常は女性がソロで踊る「瀕死(ひんし)の白鳥」という演目をアレンジした作品。これだけ踊ったのだから、ベテランの二人にとって相当きつかったはずだ。

 それでも2時間半に及ぶ舞台は静かな熱狂を巻き起こした。観客はコロナ対策のため、歓声を出すことを自粛していたが、最後にはスタンディングオベーションが起きていた。…

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大前仁

外信部副部長

1969年生まれ。2008~13年、18~20年にモスクワ支局勤務。現在は旧ソ連諸国や米国の情勢、日露関係を担当。