「北京五輪休暇」の後に来るもの

手嶋龍一・外交ジャーナリスト・作家
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手嶋龍一氏=手嶋メディアオフィス提供
手嶋龍一氏=手嶋メディアオフィス提供

 新しい年の国際政局は北京オリンピックと共に幕をあけようとしている。中国の習近平政権は威信を懸けて冬季大会を成功させようとするだろう。

 米国のバイデン政権は北京大会に閣僚クラスを送らない「政治ボイコット」を早々と決め、一方のロシアのプーチン大統領は北京に赴く意向を示した。北京の冬季オリンピックは、バイデン大統領が先に主催した「民主主義サミット」に対抗するように政治色を一段と濃くしている。

 台湾海峡ではうねりが徐々に高まり、ウクライナとの国境でも10万人規模のロシア精鋭部隊が集結しつつある。この二つの危機は水面下で連動し、超大国米国のプレゼンスを欧州と東アジアに引き裂き、その抑止力をそいでいる。そこにこそ現下の危機の本質がある。

 政治とスポーツは切り離し、北京オリンピックを緊張緩和に役立てるべきだ――そう主張する人々は、1936年にベルリンで開催されたオリンピックを振り返ってみるといい。沢木耕太郎は「オリンピア1936 ナチスの森で」(新潮文庫)でこうつづっている。

 「ヒトラーにとっても、ナチス・ドイツにとっても、このオリンピック会期中の日々は短い休暇だったといえるかもしれない。やがて、休暇が終わると、ヒトラーとナチス・ドイツは一気に動き出すことになるのだ」

 沢木耕太郎が「休暇」と呼んだベルリン大会の5カ月前、第二次世界大戦の序曲はすでに奏でられていた。ナチス・ドイツは、ラインラント地方の非武装を定めたロカルノ条約を破棄して小部隊で再占領を試みた。それは徴兵制を始めて間もないヒトラーにとって薄氷を踏む危うい決断だった。フランスと英国が断固たる対抗措置に出れば直ちに兵を引く心づもりだったという。だが、英仏両政府はかぼそい抗議声明を出しただけで、実際には何の行動もとろうとしなかったのである。

 ユダヤ系の難民を数多く抱える米国では、米選手団をベルリンに送ることに根強い反対論があったが、逡巡(しゅんじゅん)の末に参加を決め、英仏両国も結局追随している。映画監督レニ・リーフェンシュタールが「民族の祭典」として記録したベルリン大会は、ナチス・ドイツの威信を高めて成功した。

 「台湾有事は日本有事であり、日米同盟の有事でもある」(12月1日)

 この安倍晋三元首相の発言に中国政府は激しく反発し、北京の日本大使館の行事も事実上中止に追い込まれた。北京オリンピックを控えて、この発言を問題視した中国側の政治センスには舌を巻かざるをえない。

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手嶋龍一

外交ジャーナリスト・作家

1949年生まれ。NHKワシントン支局長として同時多発テロ事件の11日間にわたる中継放送を担う。NHKから独立後、インテリジェンス小説「ウルトラ・ダラー」を上梓(じょうし)してベストセラーに。慶応大学教授としてインテリジェンス戦略論を担当。「たそがれゆく日米同盟」「ブラック・スワン降臨」(新潮社)「汝の名はスパイ、裏切り者、あるいは詐欺師」(マガジンハウス)など著書多数。