なぜ「ジェンダー平等」なのかという基本的な問い

白河桃子・相模女子大大学院特任教授
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白河桃子氏=本人提供
白河桃子氏=本人提供

 2021年には新語・流行語大賞に「ジェンダー平等」がノミネートされた。2021年ほど「ジェンダー」という言葉がメディアに載った年はないかもしれない。

 21年のジェンダー問題のターニングポイントは、東京オリンピック・パラリンピック大会組織委員会の森喜朗会長(当時)の発言だった。森氏が、「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる」、組織委の女性理事らを「わきまえておられる」と発言したことで、抗議のハッシュタグ「#わきまえない女」がトレンドにあがり、女性蔑視発言として連日報道された。五輪のスポンサーであるNBCも女性差別を問題視し、森氏は会長を辞任した。

 同時に浮き彫りになったのは、組織委のガバナンス問題だ。大会関係者は「学生時代の体育会の縦横のつながりでガチガチな業界」という。ホモソーシャルの縮図とも言える組織で、その後噴出したさまざまなトラブルはまさに「わきまえる男」問題だったのではないか。

 体育会、男性、中高年の意思決定層という同質な文化を共有した人たちは「わきまえて」いて、同調圧力に屈しやすいのだ。「これはおかしい」と誰かが思ったとしても、上が決めたことは粛々と実行されてしまう。その結果起きる、さまざまな不祥事や不利益。忖度(そんたく)して、誰も言えないからだ。私はそれを多様性の反対である「同質性のリスク」と呼んでいる。

 この同質性のリスクこそ、なぜ「ジェンダー平等を推進するのか」の最大の理由だと思う。

同質性のリスクが招く「集団浅慮」

 グローバルな世界では、ジェンダー格差は大きな課題であり、さまざまな分野でのジェンダー・バランスの隔たりを是正しようとする動きが広まっている。それは人権問題であると同時に持続可能な経済や社会のために必要だからだ。

 日本の経済、行政、司法……どこに行っても意思決定層となると中高年男性の姿が圧倒的に多い。アリババの創業者ジャック・マー氏は日本について「会議室に入ると、そこにいるのは銀髪の男性幹部ばかりだ」という違和感を口にしている。

 そんな同質性の高い場所では不祥事や見落としが起きやすい。

 あるオリパラ関係者は、森氏の解任時に「もっと大きな爆弾がある」とこぼしていた。後に開会式直前の責任者の交代などを見て、ああ、これだったのかと思った。

 関係者の中に「いずれ、まずいことになる」とわかっていた人はいたのだ。でも言い出せなかった。同質性の高い組織では何が起きるのか?そこには不祥事が起きやすい組織のメカニズムがある。「集団浅慮(グループシンク)」という現象だ。

 「集団浅慮」は組織が個人の総和よりもレベルの低い意思決定をしてしまうことを意味する。社会心理学者のアービング・ジャニス(1972年)が提唱して以来、さまざまな防止策が研究されている。例としてピッグス湾事件(米国によるキューバ侵攻の失敗、1961年)や旧日本軍の失敗などがあげられる。集団浅慮で起きるのは、「集団の実力の過大評価」「不都合な悪い情報を入れない」「内部からの批判や異議を許さない」「他の集団をきちんと評価しない」「逸脱する人を許さない同調圧力」「集団内の規範を重視する」などの事象だ。

女性がいないリスク

 みなさんの所属する組織にも、このような光景はないだろうか? 日本の企業に相次いで起きる不祥事、金融不正、データ改ざんなどを考えると、誰もが「うちの会社にも」と思い当たるのではないか。

 思い出すことがある。20年以上前に、ある大企業で会計上の大きな不祥事が発覚したことがある。内部の人から「入社2年目の経理事務の女性が見つけた数字が発端だった」と聞いた。何年も続いた数字の改ざんである。今にして思えば、社内では知る人ぞ知ることで、「新人の女性だったから忖度せずおかしいことを上にあげた」からの発覚ではなかったかと思う。

 経理事務の若い新人女性は、組織のマイノリティー、異分子だったからこそ、言えたのではないか。

 同質性のリスクを防止するには、少なくとも決定に影響を及ぼすクリティカル・マスである3割以上の、同質ではないメンバーがいて、「わきまえず」発言できることが重要だ。…

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白河桃子

相模女子大大学院特任教授

 住友商事、外資系金融などを経て著述業。著書に「『婚活』時代」(共著・ディスカヴァー携書)、「働かないおじさんが御社をダメにする ミドル人材活躍のための処方箋」(PHP新書)、「ハラスメントの境界線 セクハラ・パワハラに戸惑う男たち」(中公新書ラクレ)など。