ウクライナ侵攻を正当化するロシアの「現実主義」

佐藤優・作家・元外務省主任分析官
ライフルを持ち、キエフ行きの列車を待つ人々の列の前に立つウクライナの警察官=ウクライナ東部ドネツク州コンスタンチノフカで2022年2月24日、AP
ライフルを持ち、キエフ行きの列車を待つ人々の列の前に立つウクライナの警察官=ウクライナ東部ドネツク州コンスタンチノフカで2022年2月24日、AP

 ロシアのプーチン大統領が、2月24日午前6時、テレビ演説で、「ドネツク人民共和国」と「ルガンスク人民共和国」の要請に応じ、特別軍事活動を行うと宣言した。

 同時にドネツク州とルガンスク州(ウクライナ語ではルハンスク州、本稿で地名は従来、日本のマスメディアで用いられているロシア語読みで表記する)にはロシア軍の地上部隊が侵攻し、同時に首都キエフ、ハリコフなどの空港、通信施設、地対空ミサイル施設がロシア軍のミサイルによって破壊された。北部からは戦車が侵攻し、首都キエフ近郊には空挺部隊が降下した。

ロシアの論理

 ウクライナ軍は必死の抵抗をしているが、キエフが陥落するのは時間の問題だ。ロシアの行動は、既存の国際秩序を破壊する危険な行動だ。ロシアの行動は厳しく非難されなくてはならないが、情勢を正確に分析するためにはロシアの内在的論理をつかむ必要がある。

 1968年、チェコスロバキアに侵攻した際に、ソ連は制限主権論で、ワルシャワ条約5カ国(ソ連、東ドイツ、ポーランド、ハンガリー、ブルガリア)軍のチェコスロバキア侵攻を正当化した。制限主権論とは、社会主義共同体の利益が毀損(きそん)されるおそれのあるときは、個別国家の主権が制限されることがあるという考え方だ。当時のソ連共産党書記長の名と結びつけ「ブレジネフ・ドクトリン」と呼ばれた。

国際法を乱用する「ネオ・ブレジネフ・ドクトリン」

 筆者は現在のプーチン氏は「ネオ・ブレジネフ・ドクトリン」によって動いていると見ている。現在のロシアは社会主義国ではない。従って、プーチン版制限主権論の内容は、「ロシアの地政学的利益の根幹が毀損されるおそれのあるときは、個別国家の主権は制限されることがある」という考え方だ。

 ロシアは、国際法を完全に無視することはしない。しかし、国際社会では到底受け入れられないような無理筋の主張をすることがある。ロシアは国際法の乱用者なのである。

「解放」を強弁

 2月21日にロシアが「ドネツク人民共和国」と「ルガンスク人民共和国」の独立を承認するとともにそれぞれの「人民共和国」と「友好、協力、相互援助条約」を締結した。ロシアの理屈では、ウクライナにドネツク州とルガンスク州はもはや存在しない。両「人民共和国」の憲法で、「ドネツク人民共和国」の領土はドネツク州全域、「ルガンスク人民共和国」の領域はルガンスク州全域と定められているからだ。

 両「友好、協力、相互援助条約」により、ロシアと両「人民共和国」は集団的自衛権を行使することができる。従って、ウクライナが不法占拠している「ドネツク人民共和国」と「ルガンスク人民共和国」の領土をロシア軍が「解放」しているのだと強弁する。

NATOの影響を完全に排除

 プーチン氏の論理では、両「人民共和国」の安全を保障するためには、…

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作家・元外務省主任分析官

 1960年生まれ。同志社大大学院博士前期課程修了。神学修士。外務省入省後、モスクワの日本大使館に勤務。著書に「自壊する帝国」「私のマルクス」など。毎日新聞出版より「佐藤優の裏読み! 国際関係論」を刊行。