潮流・深層

ウクライナ危機はトランプ氏の足をすくうか

古本陽荘・北米総局長
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空襲警報の間、バリケードの前に立つ男性=ウクライナの首都キエフの独立広場で、2022年3月1日、AP
空襲警報の間、バリケードの前に立つ男性=ウクライナの首都キエフの独立広場で、2022年3月1日、AP

 ロシアによるウクライナ侵攻は国際的な秩序を大きく揺るがす事態に発展している。進行中のこの危機がどのような形で収束するかは現時点で見通せない。

 ただ、ウクライナ危機を受け、各国は国防戦略やエネルギー政策の大きな見直しを迫られることになるのは確実だ。そして、2024年米大統領選の行方にも大きな影響を及ぼすことになりそうだ。返り咲きを狙う野党・共和党のトランプ前大統領は、プーチン露大統領と緊密な関係を築いたと豪語してきた経緯があり、対露姿勢が外交上の大きな弱点になる可能性があるからだ。

対応に失敗したと指摘されるトランプ氏

 ウクライナ情勢が緊迫する中で、トランプ氏はすでに対応に失敗したと指摘されている。2月22日に自身が所有する南部フロリダ州の会員制リゾート「マララーゴ」で保守系ラジオ番組のインタビューに応じ、ウクライナ情勢について問われたトランプ氏はプーチン氏に関して「天才的だ。ウクライナの大きな部分が独立国家だって言うなんて、なんて賢いやり方だ。そして平和維持の部隊だと言っている。見たこともないような強力な平和維持軍だろう」と語った。

 この発言は、プーチン氏がウクライナ東部ドネツク、ルガンスク両州の親露派が支配する地域の「平和を維持するため」露軍を派遣するよう露国防省に命令した21日の直後だった。

 米メディアが「トランプ氏が天才的だとプーチン氏を称賛した」と報じたのは当然だが、前後の文脈からするとトランプ氏が強調したかったのは「自分が大統領だったら、こんなことにはならなかった」という部分だったとみられる。「プーチン氏がずる賢いのに対し、バイデン氏は何の対応もしていない。悲しむべきことだ」とも主張していた。ラジオ番組の司会者が「ロシアはウクライナの分離独立を承認すると言ったのに、ホワイトハウスは侵略だと主張している。何かがおかしい」とロシア側に近い立場に立って質問したため、トランプ氏の発言がそれにつられたという事情もあったようだ。

 トランプ氏は本格的な侵攻が始まった後の26日にも保守系団体「保守政治行動会議」(CPAC)の総会で演説し、再びプーチン氏を「賢い」と語った。だが、この時は「自分だったらこんな茶番劇は簡単に防げた」とも主張。東部2州の独立承認が戦争を始めるための口実であることは自分だって十分承知していると強調し、若干発言を軌道修正した。

 また、この演説では、ウクライナのゼレンスキー大統領にも言及し、「勇敢な男」と呼んだ。「ロシア寄り」と見られることを警戒したものとみられる。ただ、この時も「問題はプーチン氏が賢いかということではなく、我々の指導者たちがアホということだ」とバイデン政権の批判に軸足があった。

トランプ氏とロシアの複雑な事情

 これまでのトランプ氏の対露姿勢はほぼ一貫している。プーチン氏に対しては、強く批判したりするようなことはなく、2人の関係がよいことをアピールしてきた。一方で、メディアがトランプ氏の対露融和姿勢を批判すると「自分ほどロシアにタフな大統領はいない」と反論するというものだ。

 そもそもトランプ氏は、自身の選挙陣営がロシアと癒着してきたのではないかと疑われるなか、16年大統領選で民主党のクリントン元国務長官に辛勝した。この疑惑を調べたモラー特別検察官の捜査報告書が19年4月に公表されたが、トランプ選対関係者とロシア側との間に接触があったことは認めたが、明確な癒着があったとは判断しなかった。一方で、ロシアが16年大統領選に介入したことは事実として認定した。

 また、かつて側近で弁護士だったコーエン氏は、トランプ氏がトランプタワーをモスクワに建設することを計画し、その計画案は大統領選さなかの16年6月ごろまで残っていたと議会で証言した。トランプ氏の企業は、このタワーのペントハウスをプーチン氏に提供し、資産価値を上げようとしたとも報じられた。トランプ氏とロシアとの関係については、不正確な情報も多く流れ、真相は見えにくくなった。それでも、プーチン氏に対し、トランプ氏がある種の敬意を示してきたのは疑いようのない事実だ。

 こうしたトランプ氏とロシアの複雑な事情は米政界に何をもたらしたか。16年大統領選は直前まで、クリントン氏が優勢だと伝えられていた。選挙の後、民主党の支持者は「ロシアが介入しなければクリントン氏が勝利したはずだ」という思いを持った。その結果、ロシアに対する意見に関して、共和支持層と民主支持層の間に明確な溝が生じた。

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古本陽荘

北米総局長

1969年生まれ。97年毎日新聞入社。横浜支局、政治部、外信部を経て2018年12月から北米総局長(ワシントン)。