
社会保障に関する企業の負担は、経営にとってお荷物でしかないのだろうか。「全世代型社会保障改革」の肝心要、「給付と負担のバランス」を巡る議論について、岸田文雄政権は夏の参院選後に先送りする意向のようだが、一度腰を落ち着けて企業負担のあり方、社会保障が経済に果たすプラスの効果を検証してもらいたい。
経団連の脅し
日本経済団体連合会は昨年10月12日、政権が掲げる「全世代型社会保障改革」へのスタンスを示した文書「今後の医療・介護制度改革に向けて」をまとめている。文中では改革の必要性につらつら触れているものの、最も言いたかったのは「(公的医療・介護保険を縮小しなければ)現役世代の保険料負担が増え続け可処分所得が低下する」「ひいては社会保障制度の持続可能性、日本の経済成長にも悪影響を与えかねない」という点だろう。
公的保険の場合、事業主は少なくとも社員と保険料を折半しなければいけない。つまりこの文章の趣旨は「企業負担を減らしてくれ」ということに他ならない。また、「実行に移さなければ、社会保障どころか日本がもたなくなる」という「脅し」ともとれる。
自己負担を増やす改革案
少子高齢化の進展により、医療、介護費が膨らむことは確実だ。2018年の国の推計によると、医療給付費(18年度39・2兆円)は40年度に18年度の約1・7倍に、介護給付費(同10・7兆円)に至っては2・4倍となる。「給付費」というのは、純粋に保険料と税による負担分で、国民の自己負担分を含めた「医療費」「介護費」とは違う。
ますます現役世代の数が先細りするなか、企業が負担に敏感になるのはもちろん理解できる。元気な高齢者には働いてもらい、負担する側に回ってもらう、女性の社会進出を促すといったことに加え、不断の無駄の見直しは不可欠となる。
しかし、経済界や自民党などの一部はそれに飽き足らず、公的な医療・介護保険制度を大胆に縮小して自己負担を増やす、その自己負担に要する費用は民間の医療、介護保険でカバーする、という改革案を主張している。
ただ、そうした制度改革は本当に企業の活性化に結びつくのだろうか。
民間保険は企業の負担減になるのか
米国には、一部低所得者向けの制度を除き公的医療保険はない。病気をすれば医療費を全額自己負担する必要が生じるため、個々が収入に応じて民間保険を購入する。ただ、加入する保険によって受けられる治療内容は大きく異なる。富裕層とそうでない人の間にすさまじい医療格差が存在することは広く知られるようになった。
そんな国になるのはまっぴらだ。が、今回の主題はそれとは異なる。
公的保険制度への「民間活力の導入」を主張する人たちは、従業員がそれぞれ民間の医療保険を購入することにより、企業は医療・介護の負担から逃れられるようになることを前提としているように映る。公的医療費は抑制するが、市場経済の観点から私的医療費はどんどん伸びていい、とも言う。だが公的保険を民間保険に置き換えていけば、企業にとって負担減につながるのか、ということをまずは問いたい。
従業員の確保のためには
医療を私的保険で賄う自由化が進めば、高額の治療技術が次々登場するだろう。当然ながら私的医療への税負担はなく、質のいい医療を受けたければ個々の保険料は跳ね上がる。
一方で、少子化に歯止めがかからない状況の下、企業の人材獲得競争は今後激しくなっていく。そうした折に事業主が、私的医療の保険料負担にあえぐ従業員を放置できるのか。
米国の自動車メーカービッグ3の一角、ゼネラル・モーターズ(GM)は2009年に一度破綻している。その要因の一つは、膨大な「医療補助」の負担に耐えかねたことだ。…
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