宮家邦彦の「公開情報深読み」 フォロー

ウクライナ戦争後を「深読み」する 「中立」が果たす役割は減少するのか

宮家邦彦・キヤノングローバル戦略研究所研究主幹
小さな待避壕を掘り終えたウクライナの地域防衛隊の31歳の男性。ポーズをとり、「ウクライナに栄光を」と言った=ウクライナの首都キエフ郊外のカルィーニウカで、2022年3月27日、AP
小さな待避壕を掘り終えたウクライナの地域防衛隊の31歳の男性。ポーズをとり、「ウクライナに栄光を」と言った=ウクライナの首都キエフ郊外のカルィーニウカで、2022年3月27日、AP

 今回の公開情報「深読み」は一冊の本と一本の分析をご紹介したい。前者は元代議士の「戦略的読書人」による評論集「77年の興亡」、後者は英エコノミスト誌の分析ユニットが発表した「ウクライナ戦争が世界にもたらす10の変化Ten ways the war in Ukraine will change the world」なる報告書だ。まずは、なぜ今この二つなのか、から始めよう。

 前者「77年の興亡」の副題は「価値観の対立を追って」、著者は赤松正雄元衆院議員である。政界引退後に過去77年の歴史を振り返り、「閉塞感漂う」今の日本の政治や世相を「団塊世代への視点」で鋭く斬っている。筆者が外務省時代に「ウマの合った」数少ない政治家の一人で、意見は違っても、常にその視点に一目を置いていた「老師」だ。

 一方、後者の報告書は、ウクライナ戦争後を展望する「欧州」(米国ではない)系論考の典型である。ちまたではウクライナ戦争の日々の戦況から停戦交渉や化学兵器使用の可能性まで、短期予想の論考ばかりだが、同報告書の視点は中長期的であり、一味も二味も違う。この二つを「重ね読み」しつつ、近未来の世界を「深読み」するのが今回の試みだ。毎度のことながら、以下はあくまで筆者の個人的分析である。

「中道主義」貫徹の難しさ

 赤松氏は、明治維新から敗戦までの77年を「軍事力優先の西欧対日本」の時代、敗戦からコロナ禍までの77年を「経済力優先の保守対革新」の時代とそれぞれ捉える。その上で、対立する二極の間に第三の「中道」が参入し、鼎立(ていりつ)による「三者対立」の時代になると説く。「中道」主義への同氏の熱い思いが伝わってくる興味深い評論集である。

 問題はこの「中道」という立場の貫徹が容易でないことだ。磁石のS極とN極の間に磁力のない小さな鉄球があるとしよう。両極の力が均衡していれば、鉄球も両極間で安定を保てる。ところが、両磁極の力関係が不安定化すれば、第三の磁力を持たない限り、鉄球はどちらか一方に引っ張られてしまう。これが「中道」貫徹の難しさなのだろう。

 興味深いことに、この「中道」を「中立」に置き換えれば、赤松氏が「77年の興亡」で示した議論は、現下の国際情勢にも通ずる。例えば、米ソ冷戦時代、東欧諸国はソ連の圧倒的な影響力に屈し、次々とソ連圏に取り込まれていった。フィンランドやスウェーデンが「中立」を守れたのは、彼らに「中立」を担保するだけの軍事力があったからである。

ウクライナ戦争後に起こる変化

 以上を前提に、ウクライナ戦争後に何が起きるかを考えよう。欧米研究者は既にこの議論を始めており、ウクライナ危機後に世界が二つに大きく分断されると予測する識者は少なくない。前述のエコノミスト誌報告書もその一つである。本稿ではその概要(原文はこちら)をヒントに、最近の欧米における論調の大きな流れを見ていきたい。

 エコノミスト報告書はさまざまな変化に言及しているが、筆者の見立てでは、ウクライナ戦争によって、①「ポスト冷戦」時代が終わり、②民主主義への挑戦で世界に新たな分断が生じ、③世界的規模で軍拡が進み、④ロシアが対中依存を深め、⑤米国のインド太平洋戦略が遅れ、⑥世界各地で同様の紛争が発生または深刻化する、と見ているようだ。

「ポスト冷戦」の終焉の真の意味

 最近欧米では、エコノミスト誌に限らず、ウクライナ戦争により「ポスト冷戦」時代が終わったとする分析が増えている。冷戦後最初の10年は米の独り勝ちだったが、次の20年でロシアが復活、中国も台頭して国際情勢の不確実性は一層増大したという。これには筆者も異存はないが、真の問題は悪影響が「不確実性の増大」にとどまらないことだ。

 ポイントは「核兵器」の位置付けである。「冷戦時代」の政策決定の特徴は常に「核戦争の恐怖」が現実にあったことだ。米ソ両政府の政策決定者には、核戦争を回避するため最大限の賢明さと慎重さが求められた。失礼だが、冷戦時代の米国で、ドナルド・トランプ氏のような大統領が選ばれる可能性は、限りなくゼロに近かったのである。

 ウクライナ戦争でポスト冷戦期が終焉(しゅうえん)したとすれば、北大西洋条約機構(NATO)諸国とロシアは(そして恐らくは中国も)核兵器使用を前提とした軍事戦略に回帰していくのではないか。さらに、中国が核弾頭数を数千発に増やせば、冷戦時代の米露核パリティーによるMAD(相互確証破壊)の時代から、米中露三つ巴(どもえ)の核抑止戦略の時代に移行していくだろう。

世界は新たに二つの陣営に分裂する

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キヤノングローバル戦略研究所研究主幹

1953年生まれ。外務省日米安全保障条約課長、在中国大使館公使、中東アフリカ局参事官などを経て2005年に退職。立命館大客員教授、外交政策研究所代表なども務める。近著に「AI時代の新・地政学」。フェイスブック「Tokyo Trilogy」で発信も。