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米国の「中国イニシアチブ」 軌道修正の教訓

米村耕一・中国総局長
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中国の習近平国家主席とオンラインで会談するバイデン米大統領(右)=2022年3月18日、ホワイトハウス提供・AP
中国の習近平国家主席とオンラインで会談するバイデン米大統領(右)=2022年3月18日、ホワイトハウス提供・AP

 中国への先端技術の流出などを警戒し、トランプ前政権時代の2018年に始まった米司法省の取り締まり強化策「中国イニシアチブ」が今年2月末で打ち切られた。

 米中対立を反映した施策だったが、中国系米国人らへの偏見を助長するとの指摘が出たほか、大学などは研究現場の学術交流を萎縮させると反発していた。日本でも経済安全保障の観点から、大学などで知的財産の流出管理などの強化が進められており、米国の変化には一定の影響を受けそうだ。

FBIのずさん捜査

 「中国イニシアチブ」終了の背景の一つとなったのが、注目を集めた事件で無罪判決や起訴の取り下げが相次いだことだ。

 中国出身カナダ人、米テネシー大学ノックスビル校のアンミン・フー准教授の事件もその一つだ。

 ナノテクノロジーの専門家で、中国とカナダで博士号を取得したフー氏の自宅に早朝、8人の米連邦捜査局(FBI)捜査員が現れたのは18年4月だった。その時点でまだパジャマ姿だったことをフー氏は覚えている。

 なぜフー氏が捜査対象となったのか。地元紙の報道によると、きっかけは、フー氏が12年に北京工業大学で2週間の講義を行ったことだった。FBI捜査員がインターネット検索で当時の案内を見つけ、この2週間の講義が中国の人材獲得事業「千人計画」の一環だったことから、中国当局の意向を受けた「経済スパイ」と疑った。

 昨年12月のオンラインセミナーでフー氏は「捜査員はアカデミズムに関する知識がなく、中国と関連づけさえすれば犯罪になるとでも思っているようだった」と振り返った。

 しかし、その後、約3年の捜査で、スパイどころか不正の証拠も見つからず、フー氏は21年9月に無罪となった。少しでも疑わしい中国系研究者に目星をつけ、証拠はあとで探せば良いという認識で捜査が始められた可能性があり、陪審員の一人は裁判後、米メディアに「ばかげた事件だった。(FBIについて)これが米国を守る人たちの仕事だというなら困ったことだ」と語っている。

 この事件は米議会や人権団体の注目を集め、「中国イニシアチブ」の中断を求める声の高まりにつながった。フー氏は無罪となり、大学に復職したが、3年近く研究や家族と過ごす時間を奪われた損失は大きい。

 中国イニシアチブによって捜査された77件について調べた昨年12月のMITテクノロジーレビュー誌の記事によると、容疑者・被告となった約150人の9割は中国人または中国系で、人種に基づき捜査対象を絞る捜査手法「人種プロファイリング」を取ったとの批判も高まった。

「非寛容と偏見」助長との指摘

 米国のオルセン司法次官補(国家安全保障担当)は2月23日、南部バージニア州の大学でのスピーチで「中国イニシアチブ」終了の理由として、①中国イニシアチブが、(中国人や中国系米国人への)非寛容と偏見に基づく見方を助長しているとの懸念が人権団体から出ている②学術・研究界から、こうした取り締まりと、これによってもたらされる物の見方が、科学者たちの雰囲気を萎縮させ、米国の科学研究にダメージを与えるとの声が出ている――などを挙げた。

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米村耕一

中国総局長

1998年入社。政治部、中国総局(北京)、ソウル支局長、外信部副部長などを経て、2020年6月から中国総局長。著書に「北朝鮮・絶対秘密文書 体制を脅かす『悪党』たち」。