宮家邦彦の「公開情報深読み」 フォロー

ウクライナ戦争に関する英諜報機関の講演を「深読み」

宮家邦彦・キヤノングローバル戦略研究所研究主幹
破壊されたロシア軍の車両を調べるウクライナ軍の兵士=ウクライナの首都キーウ(キエフ)郊外のブチャで、2022年4月4日、AP
破壊されたロシア軍の車両を調べるウクライナ軍の兵士=ウクライナの首都キーウ(キエフ)郊外のブチャで、2022年4月4日、AP

 今回の公開情報「深読み」は英国の諜報(ちょうほう)機関、政府通信本部(GCHQ)のトップが先月末オーストラリアで行った講演を取り上げる。ロシア軍の「体たらく」に触れた部分に注目が集まったせいか、早速日本の某メディアが「ロシア、誤射で自軍機撃墜 命令に背く兵も―英情報機関トップ」と題した記事を報じた。書き出しは次の通りである。

 【ロンドン発3月31日】英国で通信傍受や暗号解読などを担う情報機関、政府通信本部(GCHQ)のフレミング長官は、ウクライナに侵攻したロシア軍が自軍の航空機を誤って撃墜したと明らかにした。一部のロシア兵が命令に背いたり、自分たちの装備を破壊したりしているとも述べた……。

要点は中国とロシアの関係

 うーん、間違いではないのだが、これほどの「浅読み」も珍しい。確かにフレミング長官はウクライナに侵攻したロシア軍部隊の混乱に言及したが、それは講演のごく一部、しかも本題ではない。彼がオーストラリア国立大学の国家安全保障学院(National Security Collage)で訴えたのは「新たな国際安全保障枠組み構築の必要性」だったからだ。

 フレミング長官は1993年にMI5(英情報局保安部)に入り、長年英国内での外国スパイ摘発、テロ組織の情報収集や取り締まりを担当したベテランだが、今回筆者が最も注目したのは同長官が中国とロシアの関係に触れた部分だった。残念ながら、この点を報じた記事は見当たらない。されば、今回は彼の講演を「深読み」することにしよう。毎度のことながら、以下はあくまで筆者の個人的分析である。

フレミング長官の講演の概要

 まずは講演内容から見ていこう。原文はGCHQのサイトにある。長文なので、要点のみ簡潔にご紹介する。なお、GCHQとはGovernment Communications Headquartersの略で、英諜報コミュニティーの中では偵察衛星や電子機器による国内外の情報収集・暗号解読業務を担当するSIGINT(シギント)の機関だ。ちなみに、GCHQ長官は決して「英情報機関」全体の「トップ」ではないので、念のため。【】内は筆者のコメントである。

冒頭発言

 ■(パンデミック以降)世界は変わった。これは歴史的シフトと言い得るものだ。新しいグローバルな安全保障の枠組みをデザインする必要性が大いに議論されているが、私の持論は、それ(シフト)は既に始まっており、既に状況は変わりつつある…

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キヤノングローバル戦略研究所研究主幹

1953年生まれ。外務省日米安全保障条約課長、在中国大使館公使、中東アフリカ局参事官などを経て2005年に退職。立命館大客員教授、外交政策研究所代表なども務める。近著に「AI時代の新・地政学」。フェイスブック「Tokyo Trilogy」で発信も。