
平坦な一本道を車はひた走った。どこまでも広がる青い空と小麦畑。信号もない。目的地まで約130キロの道のりを1時間あまりで駆け抜けた。
2014年4月、親ロシア派勢力が実効支配していたウクライナ東部ドネツクから南東部マリウポリへと向かった。黒海に通じるアゾフ海に面した工業都市。今、侵攻したロシア軍が特に激しい攻撃を加え、極めて深刻な人道危機が生じている場所だ。
当時、足を向けたのもウクライナ当局と親露派の武装勢力が衝突したからだった。とはいえ、現場では双方が陣取る場所を行き来することができ、市民生活も維持されていた。8年後、ここまで多くの人が命を奪われ、家を失い、がれきの山となった街並みをテレビ画面で見つめるとは想像もしなかった。
感傷にひたったのは、勤務地である韓国・ソウルの広場にあった大型掲示板のウクライナ国旗が目に飛び込んできたからだ。目をこらすと国旗は実際には青空と黄色の小麦畑で、ウクライナの風景をうまく表現していた。
「北朝鮮はマイウエーだ」
北朝鮮が今年もう10回以上もミサイル実験を重ねているので、ソウルにいると別の角度から見てしまう。ウクライナは冷戦終結後、核兵器保有の道を放棄した。だから、ロシアによる侵攻を安易に許したのではないか? 北朝鮮の金正恩朝鮮労働党総書記は、核兵器保有の重要性を痛感し、運搬手段となるミサイル開発をさらに加速させるのではないか?
韓国統一研究院の趙漢凡(チョハンボム)専任研究委員(58)にインタビューを申し込んだ。旧ソ連の社会・政治体制に興味を持ち、1991~94年に露サンクトペテルブルク大に留学。旧ソ連の崩壊前後を肌感覚で知る人物だ。ウクライナと北朝鮮を交差させながら、長い時間軸から「世界のいま」を読み解いてくれるかもしれない。
趙さんと会ったのは3月25日。北朝鮮が「火星17」と主張する新型大陸間弾道ミサイル(ICBM)を発射し、北海道沖の日本の排他的経済水域(EEZ)内に落下させた翌日だった。
「比較できません。北朝鮮はマイウエーだから」。趙さんは、苦笑いを浮かべながら語り始めた。「確かにロシアのウクライナ侵攻は、金氏にとって『国を守るため、核は持たねばならない』との教訓にはなり得るでしょう。でも、今の挑発とは何の関係もない。今年1月の朝鮮労働党政治局会議で、18年から続くICBMの発射モラトリアム(一時停止)の破棄を示唆していた。ウクライナ侵攻は2月なので偶然の一致です」
それならば北朝鮮のマイウエーはどこに行く。4月中には「人工衛星の打ち上げ」と称してICBMを再び打ち上げ、さらには日本列島を越えて落下するICBMも発射する可能性があるというのが趙さんの見立てだった。「米国との交渉を望んでいるのにバイデン政権からの答えが一向になかった。だからモラトリアム破棄を予告した。一方で、疲弊が著しい経済は、新型コロナウイルスにも直撃されて好転は見込めない。時間がたてば局面が有利に傾く保証はどこにもない。展望なきマイウエーだ」とも言い切った。
ロシアの目的は黒海沿い?
ティーカップの紅茶をごくりと飲み干した趙さん。話は自然とウクライナに対するロシアの「次の一手」へと移っていった。スマートフォンの画面にウクライナの地図を映し出しながら、「やはり、ロシアが欲しいのは黒海だ」。…
この記事は有料記事です。
残り970文字(全文2347文字)
坂口裕彦
ソウル支局長
1998年入社。山口、阪神支局に勤務し、2005年に政治部。外信部、ウィーン支局、政治部と外信部のデスクなどを経て、21年4月から現職。19年10月から日韓文化交流基金のフェローシップで、韓国に5カ月間滞在した。著書に「ルポ難民追跡 バルカンルートを行く」(岩波新書)。