
「繊細な働きかけを求められ、丁寧な取り組みが必要だと感じている」。岸田文雄首相のこの一言は、4月末~5月初旬の東南アジア歴訪を象徴的に表す一言だと思う。主要7カ国(G7)でアジア唯一のメンバーとして、欧米が求める対露圧力への協調を東南アジア各国に求めつつ、押し付けだと不快感を与えないよう苦心していることが読み取れる。
首相就任前の著書を読み返すと、「等距離外交」や、世界の「架け橋」といった言葉が並ぶ。しかし、ロシアによるウクライナ侵攻後は欧米と足並みをそろえることに注力せざるを得ず、目指していた架け橋外交の展開は難しくなっているのではないか。取材を重ねると、まさに繊細な外交の舞台裏が見えてきた。
「G20からのロシア排除要求は、いじめ」
4月29日にあったインドネシア・ジョコ大統領との首脳会談は歴訪のハイライトだった。インドネシアは主要20カ国・地域(G20)で今年議長国を務めるが、欧米はG20からのロシア排除を求めているためだ。
東南アジア情勢に詳しい外交筋は、現地の世論をこう説明する。
「インドネシアの国民は必ずしも親露ではないが、欧米のこれまでのアフガニスタンやイラク、パレスチナ問題への対応はダブルスタンダードで到底納得できない、という感情がある。その裏返しとしてロシアにくみする傾向がある」
主要なSNS(ネット交流サービス)ではロシアへの支持が7~9割に上っており、インドネシア政府は世論を無視できない。こうした事情を考慮せずにG20からのロシア排除を要求する欧米の姿勢について、G20の成功を期するインドネシアは「いじめだ」と不快感を示すこともあるという。首相が「繊細な働きかけが必要」と述べたのは、このような背景がある。
日本の方針転換に疑問も
別の外交関係者によると、首相が3月20日に訪れたカンボジアも、米国の価値観外交に冷ややかな見方が強い。米国にとって戦略的に重要なベトナムなどの人権問題には目をつぶっているのに、重要度が低いと判断されているカンボジアには、中国との関係などで厳しい対応をするダブルスタンダードへの反発がある、という。
日本は伝統的に、東南アジアに対し欧米とは異なる独自の外交を展開してきた。各国の事情に配慮しつつ、中国やロシアに寄りすぎないよう働きかけて地域の安定を目指す、というものだ。首相の「架け橋外交」は、東南アジアにおいてはこうしたアプローチを意味するのだろう。
ただ、ロシアのウクライナ侵攻後、日本の対露外交は一変した。2014年のロシアによるクリミア併合時とは比較にならないほど対露圧力を強化しており、平和条約交渉の進展は当面困難と見切った。北方領土での共同経済活動などを通じて平和条約締結を目指した安倍政権の路線から180度転換した。
今もロシアとの協調を維持する国々は、日本の方針転換に疑問を呈することもあるのではないか。先述の外交筋に聞いてみた。すると、非公式の場で聞かれることもあるといい、安倍政権時代の対露関与政策については「長期的に対中関係を考えた戦略的な判断だった…
この記事は有料記事です。
残り1003文字(全文2275文字)