不思議の朝鮮半島

執念? 保身? 韓国・文在寅前大統領が繰り出した「最後の一手」

坂口裕彦・ソウル支局長
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任期末を迎え、支持者にあいさつする韓国の文在寅大統領(当時)=2022年5月9日(韓国大統領府提供)
任期末を迎え、支持者にあいさつする韓国の文在寅大統領(当時)=2022年5月9日(韓国大統領府提供)

 ぎりぎりのタイミングで変えられた司法制度。5月9日に退任した韓国の文在寅(ムン・ジェイン)前大統領を突き動かしたのは、報復の連鎖を断ち切ろうとする志なのか、それとも保身なのか。

 任期末まで1週間を切っていた3日、文氏は検察の捜査権の多くを剥奪する改正検察庁法と改正刑事訴訟法の公布を決めた。政権を支える進歩系の「共に民主党」がこの日までに国会で強行採決して、成立させた。

 「検察の政治的中立や公平性に対する懸念は解消されていない。国民の信頼を十分得ていない」「時代の要求に合った改革だ」。文氏が同日の閣議で繰り返し述べたのは強烈な検察不信だった。

政権移行期に根本的な司法制度変更

 9月に施行されることになった今回の改正法。検察が捜査を担っている「6大犯罪」のうち、公職者の犯罪や選挙違反など4分野の捜査は警察が担当することになる。汚職と経済犯罪の2分野は当面、検察に捜査権を残すが、共に民主党は「重大犯罪捜査庁」を将来的に設置することで、検察の捜査権を完全に奪うことも視野に入れる。

 昨年1月には検察の捜査権を一部奪う形で、政治家や政府高官の捜査を担当する独立機関「高官犯罪捜査庁」を発足させており、今回の法改正は「検察改革の総仕上げ」と位置づけられている。

 今年3月の大統領選では、保守系の「国民の力」が擁立した尹錫悦(ユン・ソンニョル)元検事総長が、共に民主党の李在明(イ・ジェミョン)前京畿道知事を破り、政権交代を果たした。にもかかわらず、大統領選で直近の民意を得ることができなかった文政権と共に民主党が、政権移行期に、国の根っことも言える司法制度をこんなに簡単に、かつ強引に変えてよいのか?

大統領選の与党敗北がきっかけか

 文氏が検事総長の「抗議の辞任」を受け入れた5月6日、ソウル市内にある金鐘旻(キム・ジョンミン)弁護士(55)の事務所を訪れた。検事や法務官僚として約20年間の勤務経験があり、今は公共放送KBSの理事も務めている。

 法律の専門書だけでなく、歴史書や小説も置かれた壁面いっぱいの本棚が印象的な一室。柔和な表情を浮かべた金弁護士は、長袖シャツとジーンズというカジュアルな服装で出迎えてくれた。

 真っ先に尋ねたのは、文政権があれよあれよという間に国会で改正法を成立させたことについてだった。金弁護士は「一番の問題点は、法改正で生じる長所や短所について、専門家の検討を交えることなく、政治的な意図であまりにも急いで処理したこと。法治主義に対するテロ行為です」と手厳し…

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坂口裕彦

ソウル支局長

1998年入社。山口、阪神支局に勤務し、2005年に政治部。外信部、ウィーン支局、政治部と外信部のデスクなどを経て、21年4月から現職。19年10月から日韓文化交流基金のフェローシップで、韓国に5カ月間滞在した。著書に「ルポ難民追跡 バルカンルートを行く」(岩波新書)。