世界時空旅行

オリガルヒの豪邸とマルクス眠る墓 歴史の皮肉「ロンドングラード」を歩く

篠田航一・ロンドン支局長
  • 文字
  • 印刷
巨大な顔が訪れた人を驚かせるマルクスの墓=英ロンドンのハイゲート墓地で2022年5月7日、篠田航一撮影
巨大な顔が訪れた人を驚かせるマルクスの墓=英ロンドンのハイゲート墓地で2022年5月7日、篠田航一撮影

 世界で最も人々に影響を与えた本は何か。

 「聖書」という人もいる。イスラム教の聖典「コーラン(クルアーン)」という意見もある。進化論を唱えたダーウィンの「種の起源」は、多くの人の宗教観や社会思想に影響を与え、世界各国語に翻訳された。

 だが20世紀以降で考えれば、結果的に世界の歴史を動かしたという点で「資本論」を挙げる人もいるだろう。著者はユダヤ系ドイツ人のカール・マルクス(1818~83年)。搾取の構造を説明し、資本主義を批判的に考察した。その影響を受けたロシアでは20世紀に世界初の社会主義革命が起き、ソビエト連邦が誕生した。

 19世紀にマルクスが「資本論」を書いたのは、英国の首都ロンドンだ。政治的な危険分子として大陸欧州を追われ、英国で生涯を終えた彼は今、ロンドンのハイゲート墓地に眠っている。

 実は墓の付近は今、高級住宅街になっている。資本主義の限界を説いたマルクスが眠るすぐそばで、皮肉にも資本主義の権化のような大富豪たちが暮らしているのだ。その代表が「オリガルヒ」と呼ばれるロシアの財閥である。

ロンドンを目指した富豪たち

 「ロシアの資産家がロンドンを目指したのは、ソ連崩壊(1991年)前後からです。最近は英国内でビジネスをする際の規制も厳しくなりましたが、まだ当時は緩く、ロシアに限らずペルシャ湾岸諸国など世界中から富裕層がロンドンに集まりました。祖国ロシアが混乱する中、自分の子供には英語を学ばせ、高い教育を受けさせたい。そう考えるロシアの富裕層にとって、英国は魅力的な国でした」。ロシア情勢に詳しい英マンチェスター大学のベラ・トルツジリティンケビッチ教授はそう話す。

 ソ連崩壊の混乱の中、新興財閥として成り上がったオリガルヒは新生ロシアで時の政権と対立や協調を繰り返し、政財界での発言力を強めていった。そのオリガルヒを積極的に受け入れたのが、世界有数の金融街・シティーを擁する英国である。15万人のロシア人が住むとされるロンドンは今、ロシアの地名風に「ロンドングラード」(英紙フィナンシャル・タイムズ)とまで呼ばれる。

 墓地からわずか300メートル西には在英ロシア通商代表部がある。その近くの小道を入ると、生い茂る木立の中に邸宅が建ち並ぶ。門は厳重に閉ざされて中は見えないが、英紙タイムズによると、いずれもオリガルヒの邸宅だ。このうち1軒は最近4000万ポンド(約64億円)で売りに出されたとも報じられている。

ロシア・マネーに漬かった…

この記事は有料記事です。

残り1274文字(全文2288文字)

篠田航一

ロンドン支局長

 1997年入社。甲府支局、東京社会部、ベルリン特派員、青森支局次長、カイロ特派員などを経て現職。著書に「ナチスの財宝」(講談社現代新書)、「ヒトラーとUFO~謎と都市伝説の国ドイツ」(平凡社新書)、「盗まれたエジプト文明~ナイル5000年の墓泥棒」(文春新書)。共著に「独仏『原発』二つの選択」(筑摩選書)。