
バイデン大統領のアジア歴訪の意味
5月20~24日、バイデン米大統領が韓国と日本を訪問した。就任後初のアジア訪問とあって、メディア各社はこぞって報道に力を入れた。実際に東アジア、あるいは日本は変わるだろうか。変わるならば、どう変わるのか。
米国のサリバン米大統領補佐官は、バイデン氏のアジア歴訪は中国と対立するためではないと述べている。しかし、今回の歴訪の主な目的はアジアにおける対中戦略の布陣にある。
5月26日のブリンケン米国務長官の中国政策に関する演説において、長期的にはロシアより中国のほうが国際秩序の脅威であるとの認識を示し、米国は「中国の周辺で、オープンでインクルーシブな国際体系を推進するための戦略環境を形成する」と明言した。
バイデン氏のアジア歴訪は、こうした米国の対中戦略を具現化させる旅であった。歴訪前に、米国と東南アジア諸国連合(ASEAN)の特別サミットがワシントンで開催された。アジア歴訪で日本と韓国、日米豪印4カ国(クアッド)の関係強化が図られ、中国の一帯一路構想を強く意識したインド太平洋経済枠組み(IPEF)も発足した。
一連の外交日程を通して、ウクライナ戦争があっても、米国は引き続きアジア太平洋地域を重視し、米国のリーダーシップは健在であるというメッセージを強く発信しようとした。
安保と経済の両面で中国を抑止するという米国の中国との対決姿勢が鮮明に映し出されたが、「民主主義と専制主義の戦い」という米国のレトリックだけではインド太平洋諸国を結束させる力は限定的で、アジア地域秩序のあり方を大きく変容させるには至っていない。それでも、バイデン氏のアジア歴訪は極めて重要な意味を有しており、日本そして日中関係にもたらす影響は極めて大きい。
緩やかな安保・経済体制
「チャイナ・ギャップ」という言葉は記憶に新しい。尖閣問題で中国と対立する日本と米国の戦略的優位性を維持したい米国は、強硬な対外政策を推し進める中国による安全保障上のリスクを訴えても世界の国々に共有されていなかった。
このような中国に対する認識のズレが「チャイナ・ギャップ」と称された。バイデン氏のアジア歴訪では、アジア地域における「チャイナ・ギャップ」の存在が改めて浮き彫りとなった。
日本で発足したIPEFは貿易、供給網、インフラ・脱炭素、税・反汚職の四つの分野の協力を柱としている。2019年6月にASEANは「ASEANアウトルック」を発表し、「ASEANの中心性」と「インクルーシブの原則」を強調した。中国を排除する地域の枠組みではなく、中国を含めた地域づくりを推進するASEAN諸国の戦略的指向が地域的な包括的経済連携(RCEP)を成立させた大きな原動力であったことは忘れてはならない。日本は4分野のすべてに参加するが、IPEFに参加を表明したほかの12カ国がどの分野に参加していくのかは今後の交渉次第である。
クアッド首脳会議では、中国の強権主義的な行動、ロシアによるウクライナ侵攻、北朝鮮の核・ミサイル開発などが重要な協議事項とされたが、共同声明では南シナ海と東シナ海での中国の行動に照準を合わせたものとなった。4カ国が「海洋状況把握のためのインド太平洋パートナーシップ(IPMDA)」を発表したことは重要な意味を持つ。
衛星映像を含めた情報共有を促し、違法漁業などと戦うために設計された新しいイニシアチブは、対中戦略上、アジアの海洋国家間の連携を強化する上で効果的な制度である。
アジア諸国間の「チャイナ・ギャップ」は、日米が主導する安保と経済の制度設計に影を落としている。現段階では緩やかな連携しか実現できておらず、今後の政策協力の積み重ねに期待が寄せられる所以(ゆえん)である。
中国が参加せず、米国市場へのアクセスもないIPEFに、中国を排除しない地域枠組みを望むASEAN諸国はどのように関わっていくのか。アジアで海洋問題を超えた安全保障の連携をどのように構築できるのか。
その進展はASEAN諸国の政策次第というが、実際のところ中国の政策によるところが大きい。力による現状変更は認められないという国際的なメッセージも中国に届かなければ、西側先進国だけではなく、アジア諸国の中でも中国脅威論が浸透することになる。
対中政策で足並みをそろえれば、アジアでのこうした「チャイナ・ギャップ」もいずれ消失するであろう。
日本の歴史的好機とそれに伴う責任と課題
中国に対抗するため、バイデン政権はクアッドでの協力を積極的に推進し、21年に米英豪が参加するAUKUS(オーカス)を創設した。次のステップが北大西洋条約機構(NATO)、クアッド、AUKUS間の防衛協力強化で、こうした米国の戦略の中で、日本は戦略的な「要」の役割を果たす存在である。自衛隊統合幕僚長は豪州、ニュージーランド、韓国とともに…
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