哲学のない岸田首相 「聞く力」とは言えない

中島岳志・東京工業大学教授
  • 文字
  • 印刷
記者団の質問に答える岸田文雄首相=首相官邸で2022年6月10日、竹内幹撮影
記者団の質問に答える岸田文雄首相=首相官邸で2022年6月10日、竹内幹撮影

 岸田文雄首相は、自分がトップリーダーなのにさまざまな人の顔色をうかがい、一貫性がない。この国をどこに持っていきたいのか、就任から8カ月以上たっても分からない。

 岸田氏が尊敬するという大平正芳元首相ら自民党宏池会の政治家には、確かに聞く力はあったが、世界はこうあるべきだという哲学があったうえで、多様なものを吸収していた。岸田氏には哲学がなく、翻弄(ほんろう)されているに過ぎない。それは聞く力とは言わない。

 支持率が比較的高いのは、安倍晋三元首相、菅義偉前首相の横柄な態度が若干弱まり、財務省中心の安定的な政治にシフトして、落ち着いて見えるからではないか。安倍、菅両氏は人柄が支持されていなかったので、それよりはましということだ。第1次安倍内閣後の福田康夫政権と似ている。

争点は物価高、ウクライナ、ポストコロナ

 今回の参院選で問われるのは物価高、ウクライナ、ポストコロナの3点だ。

 物価高に対して岸田政権が打ち出しているのは、国民の預貯金を投資に回せという危険な政策だ。岸田氏は2020年の総裁選にあたり、著書でアベノミクスを批判するなど踏み込んでいた。21年の総裁選に際しては、格差是正に取り組む目玉として金融資産課税の見直しを掲げた。

 ところが総裁選で安倍氏らの支持が必要となり、アベノミクスへの批判をほぼ撤回し、金融資産課税にも言及しなくなった。岸田氏がもともと掲げていた所得再分配の政策を打ち出せておらず、物価高にほとんど対応できていない。

 ロシアによるウクライナ侵攻に関しても、岸田政権は完全に米国一択の選択をしており、非常に危ない環境を作り出している。プーチン露大統領の個人資産凍結は、外交の相手としてみなさないというメッセージだ。外交を断絶してはならない。もちろん、ロシアのウクライナ侵攻は強く非難すべきだが、日本は米国とロシアの間で役割を果たすような位置にあるべきだ。

 日中国交正常化を成し遂げた大平は、米国と中国をうまく楕円(だえん)で結ぶことはできないかと考え、環太平洋という新たな枠組みを作った。これが宏池会の多元的でリベラルな手法だった。岸田氏は大平からまったく学んでいない。

 新型コロナウイルス感染症については、これでパンデミック(世界的大流行)は終わりだと政治が考えていることに疑問がある。今世紀はパンデミックの時代に入っており、再び起きるだろう。

 気候変動や環境破壊により、野生動物と人間の接触の機会が増え、野生動物が持つウイルスが人間に広がりやすくなっているからだ。次のウイルスを抑えるためには、グリーンインフラ政策などを強く打ち出すべきだが、政権は強く打ち出せておらず、野党は別の選択肢を示せていない。

立憲民主は共産と共闘するしかない

 日本は賃金が下がり、物価は上がり、貧困が拡大してどんどん船が沈んでいる。しかし、乗り移るもう1隻の船がないため、国民はしがみついている。…

この記事は有料記事です。

残り925文字(全文2129文字)

中島岳志

東京工業大学教授

 1975年生まれ。京都大大学院博士課程修了。博士(地域研究)。専門は近代日本政治思想、南アジア地域研究。著書に「親鸞と日本主義」「『リベラル保守』宣言」「保守と立憲」など。