批判しない野党は野党ではない 告発があって初めて提案が生きる

市田忠義・共産党副委員長
市田忠義氏=藤井達也撮影
市田忠義氏=藤井達也撮影

 参院は「熟慮の府」「再考の府」と言われる。しかし、それにふさわしい議会になっているだろうか。かつて、自民党出身の故河野謙三参院議長は「七・三の構え」を提唱した。議長は与野党の真ん中にいるのではなく、少数野党に7、多数与党に3の機会を与える必要があるという考え方だ。そういう保守の矜持(きょうじ)や大人の対応が最近の自民党からは失われた。

 衆院に小選挙区制が導入されてから、政党と政治家の劣化が進んだ。特に第2次安倍内閣以降の政権は議論する姿勢に欠ける。質問してもはぐらかす。野党が憲法53条に基づいて臨時国会の開催を要求しても応じない。私は1998年の初当選以降、議論していて「これは骨のある人だな」と思える首相はいなかった。

 2021年の衆院選後、野党は告発型であるべきか提案型であるべきかが議論になっている。しかし、二項対立で捉えるべきではない。鋭い告発があって初めて提案が生きる。野党には、時の政権をチェックする重要な役割がある。例えば首相主催の「桜を見る会」の問題は、「しんぶん赤旗」の記者が丹念に調査し、田村智子参院議員が国会で告発した。それは「税金の私物化はだめだ」という提案でもあり、桜を見る会は開催されなくなった。

 日本維新の会は「自民党をぴりっとさせる」と言うが、あれは右の方にぴりっとさせるという意味だ。そうではなくて、政権に「安穏としていられない」と緊張感を持たせるのが野党だ。批判のやいばをなくした野党は野党ではない。歌を忘れたカナリアのようなものだ。

 私は00年から13年まで書記局長を務め、その間を含めて通算10代の首相に参院で代表質問した。暮らしや経済、外交の全般にわたって政権の問題点をただし、共産党の対案を述べる場を与えられたのは大変ありがたかった。

 いい思い出ばかりでは…

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共産党副委員長

 1942年生まれ。98年参院初当選。党京都府委員長、党書記局長などを歴任。2022年参院選に出馬せず、議員を引退する。参院比例代表、当選4回、共産党。