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自由と銃 米国のジレンマ

西田進一郎・北米総局長
児童ら計21人が死亡した銃乱射事件の現場となった小学校の入り口で犠牲者を追悼する人々=米南部テキサス州ユバルディで2022年5月31日、鈴木一生撮影
児童ら計21人が死亡した銃乱射事件の現場となった小学校の入り口で犠牲者を追悼する人々=米南部テキサス州ユバルディで2022年5月31日、鈴木一生撮影

 眉間(みけん)にしわを寄せ、繰り返した。「Enough!(もうたくさんだ)」。その回数は17分間で11回にも及んだ。

 6月2日のバイデン米大統領の演説だ。各地で相次いだ銃乱射事件を受け、「プライムタイム」(高視聴率帯)の午後7時半(米東部時間)からテレビ演説で国民にメッセージを送った。

 ここ1カ月あまりだけでも、東部ニューヨーク州バッファローのスーパー(死者10人)、南部テキサス州ユバルディの小学校(同22人)、同オクラホマ州タルサの医療施設(同5人)――などで事件が起きた。

 統計データの数字を見て、驚いた。米国の銃事件を調査している「ガン・バイオレンス・アーカイブ(GVA)」によると、死傷者が4人以上の事件だけで、今年既に約280件起きている。1日平均にすると約1・6件。「毎日どこかで」ということになる。

 しかも、これは一部だ。銃によって亡くなった人は今年、殺人や自殺などを合わせて既に2万人を超えている。

人口上回る4億丁の銃

 米国では銃が手に入りやすく、身近にある。ジュネーブの調査機関「スモール・アームズ・サーベイ」によると、米国の人口より多い3億9330万丁の銃が国内にあるという。世論調査をすれば、家に銃があると答える人が4割を超える。

 私の友人でも銃を持っている人がいる。郊外の射撃場では、耳を守る「イヤーマフ」をした人たちがバッティングセンターのように横一列に並び、実弾を撃っている。お父さんから教えてもらいながら銃を構える中学生ぐらいの女の子を目にしたこともある。

 当然、大惨事が起きれば銃規制の議論が始まる。ところが、中心になるのは、銃を購入する際の身元調査を少し厳しくするといった議論がほとんどだ。

 なぜ、銃の販売や保有を厳しく制限しようという議題にならないのか。

禁止議論阻む憲法と社会

 原点は、合衆国憲法修正第2条だ。「規律ある民兵は自由な国家の安全にとって重要であるから、人民が武器を所有しまたは携帯する権利は侵してはならない」と書かれている。自由な国家や個人を守るのは市民であり、そのための武器を持つ権利がある。つまり、銃は「自由を守るための武器」なのだ。

 これを厳しく制限しようとすれば、憲法改正が必要になる。ハードルは極めて高く、銃を巡る議論が国民を二分している状況を考えれば事実上不可能と言っていい。

 社会的な環境も影響している。国土が広く、緊急通報をしても警察がすぐ駆けつけてくれるのは都市部だけだ。

 私は南部テキサス州で、メキシコとの国境近くに住む人たちを取材したことがある。同州は自衛を目的とした銃の使用が広く認められており、取材相手の男性は腰にむき出しの短銃を差し込んでいた。雑談中に男性が語った言葉が忘れられない。

 「銃がなくて、君はどうやって自分を守るんだ。警察を呼んだってすぐには来ない。待ってる間にやられるなら、その前にやるしかないだろ」

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北米総局長

 1975年生まれ。97年に入社し、岡山、神戸などの支局や東京社会部を経て2005年から12年まで政治部。その後ワシントン特派員や政治部デスク、政治・安全保障担当の論説委員を経て22年4月から現職。