同質的な中高年男性のリスクを防ぐ 男女間賃金格差の開示義務

八代尚宏・昭和女子大特命教授
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沿道で賃金の男女平等を訴えるプラカードを持つ市民=米ニューヨークで2019年7月10日、隅俊之撮影
沿道で賃金の男女平等を訴えるプラカードを持つ市民=米ニューヨークで2019年7月10日、隅俊之撮影

 岸田政権は「新しい資本主義」の大きな柱の一つとして、「女性版骨太の方針2022」を定めた。

 目新しい内容としては、301人以上の企業に対して、男性賃金に対する女性賃金の比率をホームページなどで明示することの義務付けがある。

 これまでの女性活躍推進法では、女性の役員・管理職の比率や男女の平均継続勤務年数の差などの開示を求めていたが、これに男女間の賃金格差が、新たに追加されることになる。

男女間格差に企業の説明責任

 背景には「昭和の時代に形作られた各種制度や、男女間の賃金格差を含む労働慣行、固定的な性別役割分担意識などの構造的な問題をこのままにしておいては通用しない」という、明確な論理がある。

 男女間格差に対して意識改革だけを求めるのは、病気の際に出る熱を単に下げれば良いとすることと同じである。

 病気の原因自体を直すためには、経済社会の変化に対応しない大企業の伝統的な人事管理から生じている、さまざまなゆがみの改善に取り組まなければならない。

 もっとも、男女間の賃金格差については、同じ職種や条件で働いている男女社員について、その賃金に差をつけることは、すでに労働基準法で禁じられている。このため、単に企業全体の男女間の賃金の平均値を比較するだけでなく、女性が男性と比べて、企業内の相対的に低賃金の職種に集中している「職種格差」が、より重要である。

 男女間格差をもたらしている主要な要因について分析し、その説明責任を企業側に課さなければ、格差の改善をもたらす効果は期待できない。

同一労働同一賃金法の失敗

 これには良い前例がある。安倍政権で成立した同一労働同一賃金法は、本来は正規社員と非正規社員の格差をなくすためのものであった。法律自体には立派な内容が盛り込まれているが、「規制の神髄は細部に宿る」ことへの対応が不十分であった。

 職場における同一労働同一賃金の具体的な中身を示す厚生労働省の作成した運用指針では「正規社員と同じ勤続年数の非正規社員との賃金格差を禁ずる」としている。

 しかし、有期雇用の非正規社員の勤続年数は、当然ながら正規社員よりもはるかに短く、もっとも賃金格差の大きな中高年層について、正規社員と比較対象となる非正規社員は、ほとんど存在していない。

 このため、現実の正規・非正規社員間の賃金格差を、事実上、正当化するものとなってしまった。この「勤続年数至上主義」の原則を、男女間格差にも持ち込めば、同じ結果となる可能性が大きい。

 同一企業内で、数年ごとの配置転換を通じて多様な熟練を形成した社員ほど生産性が高いという従来の原則は、新しい情報化技術の登場で、過去の仕事経験が一挙に陳腐化するリスクにさらされている。

 単純な経験年数ではなく、毎年の人事評価の積み重ねで社員の仕事能力を評価するという、世界の人事の大原則に立ち返るべきだ。

 過去の日本の高い経済成長を支えてきた日本企業の年功昇進・賃金の仕組みは、少子高齢化社会では制度疲労が生じている。それにもかかわらず、過去の成功体験と中高年層の既得権にとらわれて、現状を変えることは困難である。

 男女間賃金格差の開示の義務化は、間接的ではあるが、外部の投資家の圧力を通じて、その見直しを促すことへの第一歩となろう。

人事評価への投資を

 企業の説明責任の強化は、人事部の負担が過大になるという。しかし、解雇が自由な米国でも「差別の禁止」という厳しい規制がある。

 社員からの「自分の給与が低いのは人種差別によるものだ」という訴えは頻繁にあり、それに対して、企業側は「差別ではなく個人の能力不足」であることを、詳細な人事評価にもとづいて、裁判で立証する責任がある。もし企業が裁判で負ければ多額の賠償金を支払わなければならない。

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八代尚宏

昭和女子大特命教授

 1946年生まれ。経済企画庁、上智大教授、日本経済研究センター理事長、国際基督教大教授などを歴任。著書に「日本的雇用・セーフティーネットの規制改革」(日本経済新聞出版)「脱ポピュリズム国家」(同)「シルバー民主主義」(中公新書)など。