ロシアの情報戦 NATOとの「全面戦争」めぐる駆け引き

佐藤優・作家・元外務省主任分析官
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ウクライナ軍の「クリミア大隊」のメンバー=ウクライナのキーウ州で2022年5月28日、ロイター
ウクライナ軍の「クリミア大隊」のメンバー=ウクライナのキーウ州で2022年5月28日、ロイター

 ロシア革命・社会主義革命(1917年11月)の指導者だったウラジーミル・レーニン(1870~1924年)は、初期の著作「何をなすべきか」(1902年)で興味深い情報戦略について述べている。宣伝(プロパガンダ)と扇動(アジテーション)を方法、内容において区別するというのがその要諦だ。

 宣伝は、政策意思を形成するエリートを対象とし、活字媒体を用いて理詰めに行う。対して扇動は一般大衆向けで、音声により、感情をあおり立てるようにして行う。

 このレーニン型宣伝術はウクライナ戦争においても継承されている。

扇動とプロパガンダ

 日本のマスメディアは、ロシアの政府系テレビは情報操作を行っていると決めつけ、まともな情報源として活用していない。まれにロシアのテレビ番組の内容が紹介される場合も、「こんなひどい情報操作が行われている」というケースだ。これらの番組は扇動のカテゴリーに属するものだ。

 具体的には、「ロシア・テレビ」(国営)の「60分」、「第1チャンネル」(政府系)の「時代は示す」、「独立テレビ」(政府系)の「出会いの場」などに扇動的内容の放送が多い。

 対して、宣伝の範ちゅうに属するのが「第1チャンネル」の「グレート・ゲーム(ボリシャヤ・イグラー)」は、不定期に放映する政治討論番組だ。本年2月24日にロシアがウクライナに侵攻した後は、「グレート・ゲーム」は、クレムリンが諸外国にシグナルを送る機能を果たしている。

 具体例として、6月16日(木)23:05(モスクワ時間、日本時間17日05:05)から64分間放映された番組の冒頭を紹介する。

 同番組に出演したのは、ドミトリー・スースロフ氏(ロシア高等経済大学教授)、アンドリャニク・ミグラニャン氏(モスクワ国際関係大学教授)、ニコライ・スタリコフ氏(作家)らだ。

 ◇

 <スースロフ:ロシアはドンバス地域(ウクライナのルハンスク州とドネツク州)での戦闘を成功裏に進めるとともに、そのことによって戦闘停止につながる外交的・政治的解決に意欲を示している。

 現時点で交渉はキエフによって凍結されている。それはウクライナへの米国からの明示的指令によってだ。しかし、ロシアによる特別軍事作戦が疑念の余地のない形で成功している状況で、西側の政策が徐々に変化している。

 今日、西側は一方においてウクライナへの武器の供給を続けているが、他方においてロシアに対して交渉と武力紛争の停止を呼びかけている。西側では分業が行われている。武器支援に力を入れているのが、米国、英国、ポーランドだ。ポーランドに関しては、この国が持っている武器のほとんどを既にウクライナに供与した。和平への呼びかけは、フランス、ドイツとイタリアが行っている。

 昨日(6月15日)、米国とヨーロッパ諸国によるウクライナに対する新たな包括的軍事支援が決定した。

 今日(6月16日)、マクロン仏大統領とショルツ独首相、ドラギ伊首相がキエフを訪れた。3人はウクライナがEU加盟の候補国となるのを支持すると強調した。そのためには和平協議が不可欠であるとも述べた。

 米国の立場ですら、最近、変化している。

 第一に、米国がウクライナの紛争は外交的手段によって解決すべきであると述べるようになった。米国が武器を供給するのは、交渉におけるウクライナの立場を強化するためであり、ロシアを解体するためではないと。

 第二に、今日(6月16日)、NBCテレビのニュースが報じたことであるが、バイデン米大統領は自分の部下たちに、キエフに非現実的な期待を抱かせてはならないし、ロシアを挑発しないようにと呼びかけた。

 ≪【番組での掲示】 バイデン大統領は、閣僚に対して、ウクライナが勝利しなくてはならず、さらにロシアを弱体化するという発言をするときにはレトリックを緩やかにすべきだと呼びかけた。 4月のヨーロッパ訪問時にオースティン氏(国防長官)は、ウクライナ戦争に関する米国の目標を拡大した。ウクライナがロシアに対して防御するだけではなく、この戦争で勝利することを目標にした。オースティン氏は、再び侵攻を始めることができないくらいロシアを弱体化させることを米国は望んでいると述べた。ブリンケン米国務長官も公の場でこの発言に賛成した。 NBCテレビのニュース、2022年6月16日≫

 ミグラニャンさん、これは西側の立場の重要な変化なのか。西側はウクライナに圧力をかけて交渉の席に着かせようとしているのだろうか。

 ミグラニャン:真面目な米国人分析専門家の一人であるリチャード・ハース氏は本件についてこう述べた。二つの要因がある。

 第一は、戦闘活動を停止するか和平交渉を始める。われわれ(米国)の側が勝利できないのは明白だ。その場合、交渉で和平を追求するのは当然のことだ。

 第二は、交渉姿勢についてロシアとウクライナが同意することだ。ウクライナは領土の一部を引き渡し、和平を実現しなくてはならない。しかもそれがウクライナの内政的に可能でなくてはならない。しかし、ウクライナの政権は内政的にも能力がない。

 米国や西側の同盟国は、和平はよいことだと述べる。ヨーロッパの世論は戦争に疲れているので平和を欲している。米国のカリフォルニア州では、ガソリンが1ガロンあたり10ドルになっている。他の地域でも7ドルはする。他方、米国人は和平を欲していることを口に出さない。なぜならこれはロシア対ウクライナの戦いではなく、ウクライナの敗北は、西側全体の敗北になることを米国人が理解しているからだ。

 バイデン大統領もわかっているし、西側の多くの人々もわかっている。だから、一方においてこの人々は和平を望んでいるが、他方において、もう一度、ウクライナに武器を供与しようということになる。

 ハワイ選出の前米下院議員トゥッシー・ギャバート氏が、昨日かおととい述べていたことであるが、米国が武器を供与してもウクライナは勝つことができない。事実上、犠牲者の数を増やすだけだ。武器の供与を停止すべきだ。そうすればウクライナは交渉の席に着かざるをえなくなる。

 しかし、現状では非現実的だ。オースティン国防長官らは、さらにウクライナに榴弾(りゅうだん)砲、ロケットシステムなどの武器を供与しようとしている。

 ウクライナにも交渉について述べる人がいる。ゼレンスキー大統領は時間の経過がウクライナを利することにならないとわかっているのだろうか。紛争を引き延ばせば引き延ばすほどウクライナの立場は悪くなる。もっともウクライナに交渉する意思があればのことだが。

 スースロフ:あなたの見解に賛成する。現在、交渉という状況にはなっていない。米国最大のシンクタンクである外交評議会会長のハース氏は、この評議会の雑誌(「フォーリン・アフェアーズ」)に、西側は長期の軍事紛争に備えなくてはならないという論文を書いた。

 ハース氏にとっては解決の前提が存在しないからだ。同時にバイデン氏がウクライナに過剰な幻想を抱かせないようにと述べたことは、ウクライナが勝利することはないという認識を反映したものだ。

 ウクライナが激しい反撃を展開し、ロシア軍を2月24日以前の線に押し戻すとか、2014年時点の状態を回復するというような主張はすべて無意味(ナンセンス)だ。バイデン氏はこのことをわかっている。

 ウクライナが勝利しないならば、西側も勝利しない。だから西側は現在、ウクライナが負けないようにすることに関心が向いている。この紛争が続けば続くほど、ウクライナの敗北によって西側も政治的、地政学的に負けざるを得ないからである。もちろん西側は急速に事態が変化することを望んでいない。ただし、現状が維持されることは、ヨーロッパは言うまでもなく米国を含む西側が政治的に敗北することになる。

 ミグラニャン:チャーチル元英首相が米国人について述べた名言がある。米国人は数え切れないほどの過ちを犯した。しかし、最終的に正しい決断をする。できるだけ早く武器の供与を止め、キエフに交渉の席に着かせるというのが正しい決断だ。

 スースロフ:米国は今のところ矛盾した態度を取っている。

 ミグラニャン:それは米国人が全ての過ちを犯しつくしていないからだ。>

 ◇

 さらにそれに続いて、ウクライナによるクリミア大橋破壊計画について興味深いやりとりがあった。クリミア大橋は、ロシア連邦クラスノダール地方のタマン半島とクリミア半島を結ぶ、全長18.1キロ(道路橋は16.9キロ)の鉄道道路併用橋だ。ロシアが2014年にクリミアを併合した翌15年5月に工事が始まり、道路部分は18年5月、鉄道部分は19年12月に完成した。

 6月16日にウクライナ国防軍のマルシェンコ少将がクリミア大橋を破壊する計画について述べ、ロシア側を刺激した。

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佐藤優

作家・元外務省主任分析官

 1960年生まれ。同志社大大学院博士前期課程修了。神学修士。外務省入省後、モスクワの日本大使館に勤務。著書に「自壊する帝国」「私のマルクス」など。毎日新聞出版より「佐藤優の裏読み! 国際関係論」を刊行。