世界時空旅行

陸続きという恐怖 国境で見た奇妙なもの 悩めるロシアの隣国たち

篠田航一・ロンドン支局長
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2014年に訪れたウクライナ南東部ノボアゾフスクの国境検問所には、ロシア軍車両の侵入を阻止するため護岸用ブロックが置かれていた。だがこの町は結局、ロシア側に制圧された=2014年3月21日、篠田航一撮影
2014年に訪れたウクライナ南東部ノボアゾフスクの国境検問所には、ロシア軍車両の侵入を阻止するため護岸用ブロックが置かれていた。だがこの町は結局、ロシア側に制圧された=2014年3月21日、篠田航一撮影

 島国の日本で生まれ育つと、「国境」というものが今ひとつ体感として分からない。頭では理解しても、陸続きで「すぐそこに外国がある」という感覚がピンとこないのだ。

 だが海外取材では国境を訪れる機会が頻繁にある。そこが国家対立の前線だったり、移民・難民の出入り口だったりするケースが多いからだ。

 ロシアによるウクライナ侵攻を受け、世界の注目を集めた国の一つがフィンランドだ。隣国ロシアと約1300キロの長い国境を接しており、この距離はほぼ札幌―福岡間に相当する。

 フィンランドはロシアとの決定的対立を避けるため、長年、西欧とロシアとの間で中立政策を取ってきたが、ウクライナ侵攻で状況は一変した。安全保障上の危機感から、5月18日にはスウェーデンと共に欧米の軍事同盟・北大西洋条約機構(NATO)への加盟を申請した。

 5月下旬にそのフィンランドを訪れた。この国は第二次大戦中に当時のソ連の侵攻を受け、国土の1割を奪われた苦い経験がある。国境の町ラッペンランタに住む農機具販売業のアンティ・コッカラさん(64)は「戦時中、私の父は故郷の港町コイビストから逃げてきました」と話した。この町は当時はフィンランド領だったが、今はロシア領プリモルスクになっている。

 コッカラさんは父の故郷であるこの町を1992年に訪れたが、「シラカバの森に囲まれ、美しい教会があり、港もにぎやか。いい町でした」と振り返る。かつて自国領だった町が外国領になり、そこを車や電車で訪れる。

 陸続きの隣国ならではだが、一方でコッカラさんはただ感傷に浸っているわけではない。「隣国というのはいつか必ず攻めてくる。そう思って備えるべきです」とも話していた。コッカラさんの住む集合住宅には、敵の攻撃を想定した地下シェルターが完備されている。

「攻めてくる」という恐怖

 隣国は必ず攻めてくる。この言葉、どこかで聞いたことがあると感じたが、すぐに思い出した。2014年3月だ。ウクライナ南東部に位置するロシアとの国境の町ノボアゾフスクで、まったく同じ言葉を住民から聞いたのだ。それは忘れられない光景だった。

 国境検問所に近付くにつれ、路上に奇妙な形のものが見えてきて驚いたのを覚えている。それは幅3メートルほどの巨大な護岸用コンクリートブロックだった。波の影響で海岸線の浸食を防ぐため、よく海岸沿いに並べられているもので、日本でも「消波ブロック」などと呼ばれる。そのブロックがなぜか陸上にズラリと置かれていた。ロシア軍車両の侵入を阻止するためだった。ブロックは一定の間隔で配置され、普通車程度ならジグザグに走れば通れるようになっている。だが巨大な戦車はまず通れない幅だった。

 当時はロシアによるウクライナ領クリミアの一方的な編入があった直後で、国境はどこもピリピリしていた。このブロックを撮影中、私も銃を構えた国境警備隊に尋問され、撮影した写真をほとんど消去させられた。だが検問所を去る時、数枚の写真を再びそっと撮影した。そして取材に同行してくれたドライバーに急いで車を発進するように頼み、逃げるように国境を後にした。やはり写真は撮りたかった。数十行の記事より、この時は1枚の写真の方が国境の現実を物語ると思ったからだ。

 ノボアゾフスクには親ロシア派住民もウクライナ政府側住民もいたが、当時の住民も「ロシアはいつか攻めてくる。そういう国だ」と話していた。だからこそのブロックだった。

 今年5月に訪れたフィンランド南東部のロシア国境は、それに比べるとのんびりしていた。ものものしい国境警備隊が武装して常に巡回しているわけでもない。実際、フィンランドとスウェーデンには「ロシアによる差し迫った脅威はない」(NATOのジョアナ事務次長)との見方が大勢だ。とはいえ、国境に住む人々の言葉は同じである。「いつか攻めてくる」との恐怖感はほぼ一致しているのだ。

変わらぬ行動原理

 歴史は繰り返す。第二次大戦中にソ連がフィンランドに侵攻した際、ソ連は開戦の口実として「自軍が攻撃されたので、仕方なく反撃した」と主張した。これはまさに今回のウクライナ侵攻前後に、ロシアがウクライナ東部の親露派地域で「ウクライナ側に攻撃された」と訴えたのと一緒だ。

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篠田航一

ロンドン支局長

 1997年入社。甲府支局、東京社会部、ベルリン特派員、青森支局次長、カイロ特派員などを経て現職。著書に「ナチスの財宝」(講談社現代新書)、「ヒトラーとUFO~謎と都市伝説の国ドイツ」(平凡社新書)、「盗まれたエジプト文明~ナイル5000年の墓泥棒」(文春新書)。共著に「独仏『原発』二つの選択」(筑摩選書)。