ロシアの「勢力圏」と広がる欧州の範囲

西川恵・毎日新聞客員編集委員
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ウクライナのゼレンスキー大統領=ウクライナの首都キーウで2022年6月17日、大統領府提供、AP
ウクライナのゼレンスキー大統領=ウクライナの首都キーウで2022年6月17日、大統領府提供、AP

 ウクライナとモルドバが6月23、24日の欧州連合(EU)首脳会議で、加盟候補国として承認されたが、これには大きく二つの意味合いがあるように思われる。

 一つは欧州の地理的概念を黒海沿岸まで広げたこと。もう一つは、より重要なことだが、「ロシアの勢力圏(Sphere of influence)は認めない」との立場をEUとして明確にしたことである。

ウクライナへの支持

 指摘されているようにウクライナとモルドバ、特に戦争中のウクライナを加盟候補国として認めたことには高度な政治判断があった。ロシアの侵略と戦うウクライナに全面的な支持を与えるとともに、ロシアに対して「侵略は絶対に認めない」とのシグナルである。

 今年2月のロシアの侵攻直後、EU加盟に立候補すると表明したウクライナを強く支持したのは、EU27カ国のうちポーランドやバルト3国の東欧。一方、フランス、オランダ、デンマークを中心に大勢は慎重だった。3月10日の仏ベルサイユでのEU首脳会議でも激論の末、結論を見送った。

 今回、その大勢を覆した要素は三つある。一つは、ロシアを相手に一歩も引かないウクライナに対する欧州世論の強い共感。二つ目は、ウクライナのゼレンスキー大統領の熱心な働きかけ。オンラインでEUの会議に参加する都度、同大統領は慎重姿勢の首脳一人ひとりに語りかけた。親露のハンガリーのオルバン首相には「ロシアか我々か、あなたはどちらにつくのかはっきりしてほしい」と迫った。

 三つ目は、EUのフォンデアライエン欧州委員長の根回しだ。同委員長はロシアの侵攻直後から「ウクライナは欧州の一員であり、我々と共にあることを願う」と述べ、早くから加盟候補国とすることを支持し、フランスやドイツに働きかけていた。

 EU首脳会議1週間前に仏独伊3国の首脳がそろってキーウ(キエフ)を訪問したのは、主要3カ国がウクライナを加盟候補国とすることで一致したことをゼレンスキー大統領に伝えるためでもあった。

黒海沿岸まで欧州

 モルドバとウクライナがEUの加盟候補国となったことで、欧州の地理的概念は黒海沿岸まで広がることになった。欧州とはどこまでを指すのか、EUの東方拡大に伴って議論となっていたが、黒海沿岸まで範囲に含めることになるとは少し前までは考えられなかった。

 旧社会主義の東欧諸国が初めてEUに加盟したのは2004年(第5次拡大)で、ポーランド、バルト3国など8カ国が一挙に加盟国となった。当時、欧州の政治家や識者の間では、EU拡大の範囲は旧ユーゴスラビアを含むバルカン半島が境界であろうというのがほぼ一致した見解だった。

 加盟国が増え続けるとEU内の結束を保てなくなることと、域外の国々の加盟希望を入れると際限がなくなり、欧州としての性格を失っていくとの懸念があった。実際に第5次拡大後、07年にブルガリアとルーマニアが、13年にクロアチアと、バルカン半島の国々の加盟が続いた後、新規加盟は止まっている。

 ではバルカン半島の以東と以南の域外国との関係はどうするか。第5次拡大と並行して、同じ04年にEUが打ち出したのが欧州近隣政策(ENP)だった。EUに加盟せずともEUと利益を共有できるとの目的で、政治や経済改革を支援し、またパートナーシップ協定などに基づきEUとの間での自由貿易圏の形成も選択肢に入れた。

ウクライナ加盟に消極的だったEU

 ウクライナはこうした政策を受け入れつつ、将来的なEU加盟期待を繰り返し表明した。しかしEUはウクライナとの関係強化には終始消極的だった。

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西川恵

毎日新聞客員編集委員

 1947年生まれ。テヘラン、パリ、ローマの各支局長、外信部長、専門編集委員を経て、2014年から客員編集委員。09年、フランス国家功労勲章シュヴァリエ受章。日本交通文化協会常任理事。著書に『皇室はなぜ世界で尊敬されるのか』(新潮新書)、『エリゼ宮の食卓』(新潮社、サントリー学芸賞)、『ワインと外交』(新潮新書)、『饗宴外交 ワインと料理で世界はまわる』(世界文化社)、『知られざる皇室外交』(角川書店)、『国際政治のゼロ年代』(毎日新聞社)、訳書に『超大国アメリカの文化力』(岩波書店、共訳)などがある。