「外交の内政化」から抜け出さねば日本に活路はない

田中均・日本総合研究所国際戦略研究所理事長
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田中均氏=根岸基弘撮影
田中均氏=根岸基弘撮影

 思いもよらぬ安倍晋三元首相襲撃事件が起きた。この場を借りて深甚な哀悼の意を表したい。

 この10年、日本外交を牽引していたのは、紛れもなく安倍元首相の指導力だった。引っ込み思案と見られてきた日本の姿を前面に出し、国際関係における重要なアクターとしての地位を確立した。

 とりわけ安全保障面においては安保法制を成立させ、集団的自衛権の一部行使を可能にし、米国との同盟関係を強固な姿にした。

 安倍元首相の大きな功績の上に日本の外交を発展させていかねばならないが、同時に、近年の国際関係の大きな変化も踏まえて日本外交のあり方を見直してみる必要性も出てきている。

 参院選でも自民党は圧勝し、岸田政権は国民の明確な信任を得た今こそ、新たな外交指針を打ち出していく必要があるのではないか。

近隣諸国との関係悪化

 今日の日本にとって、将来展望を開いていくうえでも最も重要であるのは近隣諸国との関係だ。とりわけ中国と韓国は貿易総額や訪日観光客数で他を圧する。

 貿易総額については1995年時には米国が日本の貿易総額の25.2%で圧倒的な首位だったものが、2020年には中国が23.9%と米国の14.7%を大きく引き離し首位である。いずれの時期でも韓国は6%前後で第3位の地位にある。

 外国人旅行客に至っては19年の数字で中国は全入国外国人旅行者の30%、韓国は18%であり、両国でほぼ半分を占める。貿易額や観光客の数が全てと言うつもりはないが、日本の成長にとって両国の重要性は疑問の余地がない。なのに、なぜかくも関係が悪くなったか。

 相手国が悪いと切って捨てるのはいとも簡単だが、一方の理屈だけでは外交は成り立たない。日本にも大きな問題がある。「外交の内政化」である。

 これによって客観的に国益の見地から相手国を評価し、一定の戦略を立てて外交を進めることが難しくなった。政官関係の大きな変化により、これまでにもまして政治上位となり、官僚の人事が極めて政治的な形で、あたかも当該幹部が政治権力に忠実かどうかを最大の評価基準として差配される結果、官僚は政治権力の意図を推し量ることが最重要となった。

 政治家が国民に選ばれ、権力が選挙により左右される以上、外交政策決定権を持つ首相官邸の最大の関心は、特定の政策が国民にどう映るかである。

 本来、民主主義国家では長期・短期の国益判断のうえで特定の政策を決め、それを国民に説明し支持を得るのが統治の手法だ。支持が得られなければ次の選挙で権力を失うのは当然のことであり、それが民主主義統治の常道である。

 ところがこの10年、日本の政治は選挙に勝つため、「国民受けの良い」発言と政策を軸にまわってきた。その結果、株価は上がり、円安効果で輸出産業は潤ったが、賃金は上がらず労働生産性は停滞し、少子高齢化は一層進んだ。

 外交の基軸である米国との関係も、何の問題もない素晴らしい関係に見えるが、これまで対米関係の要諦は国内が反米とならぬよう表面には出さずとも、米国にしっかり意見し、政策を修正させることだったはずが、今はどうか。トランプ大統領時代は言うに及ばず、バイデン大統領になっても日本は「アメリカ第一」政策への追随しか目につかない。

 韓国についても対日関係の関係を掲げた新大統領が就任したのにもかかわらず、大きく包み込んで「共に関係改善に進もう」と踏み出すことなく、慎重に相手の動きを待つことから抜け出ていない。中国については間違いなく日本の将来を左右する関係であるにもかかわらず、もはや関係改善をしようと表立って発言する人もいなくなった。

 特に…

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田中均

日本総合研究所国際戦略研究所理事長

1947年生まれ。69年京都大学法学部卒業後、外務省入省。オックスフォード大学修士課程修了。北米局審議官、在サンフランシスコ日本国総領事、経済局長、アジア大洋州局長を経て、2002年より政務担当外務審議官を務め、05年8月退官。同年9月より(公財)日本国際交流センターシニア・フェロー、10年10月に(株)日本総合研究所国際戦略研究所理事長に就任。06年4月より18年3月まで東大公共政策大学院客員教授。著書に『見えない戦争』(中公新書ラクレ、19年)、『日本外交の挑戦』(角川新書、15年)、『プロフェショナルの交渉力』(講談社、09年)、『外交の力』(日本経済新聞出版社、09年)など。2021年3月よりTwitter開始(@TanakaDiplomat)。毎日リアルタイムで発信中。YouTubeチャンネル(@田中均の国際政治塾)。