日本で初めての首長の学校 開校

谷畑英吾・前滋賀県湖南市長
「地方自治トップマネジメントカレッジ」の講義=筆者提供
「地方自治トップマネジメントカレッジ」の講義=筆者提供

 7月2日、東京・虎ノ門にある「官民共創HUB」で首長の学校が開校した。若手首長を集めて少人数でインタラクティブに地方自治の基本を学ぶ「地方自治トップマネジメントカレッジ」で、こうした取り組みは日本で初めてとなる。

簡単ではない自治体経営

 首長とは知事や市区町村長を指す。選挙で選ばれて地方自治体を代表し、行政事務の執行を担う役職だ。彼らは就任直後から役所組織を指揮監督し、住民に公平公正な行政サービスを届ける重い責任を担うとともに、選挙公約の実現を求められる立場でもある。

 しかし、ことはそう簡単ではない。アメリカの大統領選挙のように長い予備選挙の中で育て上げられるわけでもない日本の首長たちは、当選直後からそれまで担ったことのない自治体経営を大過なく遂行していかなければならないのである。

 世の中にどうやって選挙に当選するかを教えるノウハウ本やコンサルタントは汗牛充棟、枚挙にいとまがない。しかし、首長に当選してからどのように自治体を経営すればよいかを具体的に教えるシステムはこれまで作られてこなかった。

 そのことに気がついたのは、地方自治体の支援会社である「MAKOTO WILL」の菅野永代表だ。菅野代表は、会社の事業として首長たちのインタビューを重ねるうち、あまりにも多くの若手首長たちが悩んでいることに気がついた。

 民間企業の社長であれば異業種の社長サークルで悩みの共有ができるところを、首長の世界にはそうした場がないのである。意外かもしれないが、首長は極めて孤独な職責であり、他の政治家にも職員組織にも腹を割って相談することができない。

 たとえ気の合う首長がいたとして、今日は仲が良いかもしれないが、何かのきっかけで明日は敵になるかもしれないのが政治家でもある首長の宿命である。うかつに相談して、そんなことも知らないのかと足をすくわれることにもなりかねない。

 一方で、部下となる職員たちにも弱みを見せることはできない。終身雇用の職員たちは首長の一挙手一投足に常に注目して仕事をしているし、自分たちの新しいトップが気に入らなければ政敵となる議員にご注進に及ぶかもしれないという猜疑(さいぎ)心が常に付きまとうのである。

 そして、決められたことを決められたように取り組むというトレーニングを重ねてきた職員たちは、昨日までの日常を明日も続けていくために、隙(すき)あれば首長が掲げた現状変更の公約を骨抜きにし、首長のフリーハンドを縛ろうとする存在でもある。よほどの自信がなければ相談のしようがない。

若手首長たちの苦悩

 そういう意味では、1期目の首長というのは、全く動かしたことのない組織を間違いのないように動かすというだけでも至難の業なのであり、その上に職員組織や議員や有権者・住民、そして国や都道府県など多様なプレーヤーが織りなす複雑な関係性のパズルを不慣れながらも24時間解き続けなければならないという宿命にある。

 菅野代表と私は2021年4月から7月にかけて、悩んでいる若手首長の相談に乗る「首長トーク」というオンライン相談室を開設して実際に悩みを聞いてみることにした。

 若手首長たちの苦悩を突きつけられた私は、改めて自分の来た道を振り返ってみて、1期目の首長は気負い過ぎたり、逆に自信が足りなかったりと、自らの信念を通すための座標軸や地図というものをしっかりと持てなかったことに気づいた。

 それでも役人出身の首長はまだよい。異業種からの参入の場合、本来であれば有権者の絶大なる期待を背にしながら、思い切った改革を進めるべき1期目の首長が、組織を掌握できず、地域と信頼関係を構築できず、国や都道府県と連携できずに公約を実現できないということになれば、せっかくの民主主義のエネルギーを無駄にすることになってしまう。

 光り輝く公約を引っ提げて意気揚々と役所に乗り込んだとしても、それはあくまでも各論に過ぎない。原論をベースに総論を理解できていない者に各論を駆使できるわけがない。そして、総論を理解していない首長は職員からも議員からも軽蔑の目で見られるのである。

 そこを理解せずに上滑りし、足を引っ張られて何もできないまま任期を迎える首長はあまりにも多い。何もできていないから目立っていないだけであるが、ひとたび足を引っ張られて失敗すればマスコミに注目されてイメージはストップ安になる。

総論を教える

 各論である政策を教えようという「塾」は浜のまさごのようにある。しかし、総論を教える「学校」も「先生」もこれまで皆無だったのである。しかも、総論は原論であり基礎であるにもかかわらず、実は自治体経営には暗黙知の部分も多く、経験知は口伝でしか残ってこなかった。

 それらを体系的に整理し、最適と考えられる講師陣を迎えて、期数の若い首長に自治体経営のノウハウを直接伝授しようという構想が「地方自治トップマネジメントカレッジ」として収れんした。それを実現するため、佐藤克唯毅・東北大学特任准教授、藤代健吾・青山社中株式会社政策支援担当も企画に加わった。

 4人は一般社団法人地方自治マネジメントプラットフォームを立ち上げ、私が代表理事に就任することとなった。講師には全国市長会の正副会長や検討会議座長などの役職経験者を配置し、ベテランであっても試行錯誤して失敗を重ねながら自治体経営に向き合ってきたという現実と方法を語ってもらうこととした。

 受講生の募集は、当選1期目の首長に対してダイレクトメールを送るとともに、全国青年市長会総会の場でのプレゼンテーションと60歳未満の当選1期目の市町村長に対する電話勧誘を実施した。結果として5人の市長の受講参加を得たが、これで少人数教育としては十分な人数となった。

 受講生の市長に対しては、事前にオンラインで受講動機や何に悩んでいるのかについて個別に聴取するとともに、講師に対しても過度の負担とならないように事務局が講師の行政経験をヒアリング、失敗事例や教訓をあぶり出し、体系化を図るように支援した。

 そして、7月2日の第1回講義は顔合わせも兼ねてオフラインで実施することとし、開講式の後、「現代の首長論」と題して、地方自治の変遷、首長の特質、自治立法権、自治組織権、自治財政権、自治行政権について私から解説を加えた。

 終了後、受講生からは「就任以来、ずっと抱えていたモヤモヤが段々と晴れてきて、どの方向に進めばいいのか見えてきた」「コンテンツの学びが深く感動した」「同じような悩みを持っている首長さん方のお話を伺えて自分だけじゃないんだととても励みになっている」「非常に参考になる話ばかりでありがたい時間だった」などの感想が寄せられた。

 第2回講義の「強い行政組織をつくる」は、7月9日に前富山県高岡市長の高橋正樹・高岡法科大学副学長がオンラインで行った。受講生からも1人3問ほどの質疑があり、高橋前市長と私からそれぞれ丁寧な回答をした。

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前滋賀県湖南市長

 1966年生まれ。滋賀県職員や同県旧甲西町長を経て、2004年に旧石部町との合併で誕生した湖南市の初代市長に当選し、4期16年務めた。元全国市長会副会長。