世界時空旅行

国民食が消えてゆく 英国伝統のフィッシュ・アンド・チップスの命運握るウクライナ危機

篠田航一・ロンドン支局長
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アツアツの白身がおいしいフィッシュ・アンド・チップス=英ロンドンで2022年6月26日、篠田航一撮影
アツアツの白身がおいしいフィッシュ・アンド・チップス=英ロンドンで2022年6月26日、篠田航一撮影

 日本の時代劇には「合言葉」がよく出てくる。相手が敵か味方か分からない時、互いに仲間と認識するため、前もってパスワードを決めておく。例えばおなじみの「忠臣蔵」では、赤穂浪士が「山」と問えば「川」と答える場面が有名だ。

合言葉になった「フィッシュ」

 世界にも歴史的な合言葉がある。第二次大戦中の1944年6月、ナチス・ドイツ打倒を目指す米英などの連合軍は、ドイツ占領下のフランス北西部に一気に十数万人を上陸させるノルマンディー上陸作戦を敢行した。空前の規模の上陸は「史上最大の作戦」と呼ばれたが、この時、英国部隊は一つの合言葉を決めていた。それが「フィッシュ」と「チップス」だったとされる。兵士が戦場で離れ離れになっても互いを認識できるよう、英国の国民食フィッシュ・アンド・チップスを符丁に使ったのだ。

 フィッシュ・アンド・チップスは、タラなどの白身魚を油で揚げてフライドポテトを添えたシンプルな食べ物だ。ちなみに英国ではフライドポテトのことを「チップス」と呼ぶ。日本でいうポテトチップスは「クリスプス」と呼ぶのが一般的だ。

 合言葉の話が本当かどうかは諸説あるが、これまで軍関係者から聞いた話を基に「100%本当です」と話すのは、英国の業界団体・全国フィッシュフライヤーズ協会のアンドルー・クルック会長(46)だ。自身も英中部ユークストンでフィッシュ・アンド・チップスの店を経営する。

 「フィッシュ・アンド・チップスは英国の象徴として、女王の次に有名といえるでしょう。だからこそ戦時中も合言葉に選びました。でも今では世界的に有名になり、もう合言葉には使えませんが」

ロシアとウクライナに依存

 島国の日本同様、海に囲まれた英国の人々も魚をよく食べる。この国民食が今、ロシアによるウクライナ侵攻の影響で危機に直面している。

 「タラなどの白身魚の4割はロシアから輸入しています。魚やジャガイモを揚げるヒマワリ油の5割はウクライナからの輸入です。戦闘の影響でビジネスは圧迫され、どうしても値上げせざるを得ず、閉店も続出しています。私は休日も誰かの店に食べに行き、互いに助け合っています」

 英国の国民食の命運は、まさに戦争当事国のロシアとウクライナに依存しているのが現実なのだ。業界は今、ロシアに代わる輸入先としてノルウェーなどとも協議しているが、代替国は容易に見つからないのが現状という。さらに今年は英国を襲った記録的な熱波の影響で、ジャガイモの不作も伝えられている。

 確かに私の近所の店も最近、9ポンド(1440円)から10ポンド(1600円)に値上げした。…

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篠田航一

ロンドン支局長

 1997年入社。甲府支局、東京社会部、ベルリン特派員、青森支局次長、カイロ特派員などを経て現職。著書に「ナチスの財宝」(講談社現代新書)、「ヒトラーとUFO~謎と都市伝説の国ドイツ」(平凡社新書)、「盗まれたエジプト文明~ナイル5000年の墓泥棒」(文春新書)。共著に「独仏『原発』二つの選択」(筑摩選書)。