外交に100点はない 北方領土交渉に取り組んだ安倍元首相の執念

鈴木宗男・元北海道・沖縄開発庁長官
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鈴木宗男氏=和田大典撮影
鈴木宗男氏=和田大典撮影

 外交ではどちらかが100点をとることはない。2018年11月に安倍晋三首相(当時)とロシアのプーチン大統領がシンガポールで行った日露首脳会談で、歯舞群島と色丹島の引き渡しが明記された日ソ共同宣言(1956年)を基礎に平和条約締結交渉を加速させることで合意したのは、日露双方の「歩み寄り」によるものだ。

 4島一括でも2島だけでもない、「2島プラスアルファ」という合意を決断できたのは、安倍氏の北方領土交渉にかける執念があったからだ。

最初は「2島プラスアルファ」ではなかった

 安倍氏も最初から「2島プラスアルファ」を目指したわけではない。01年3月、当時の森喜朗首相とプーチン大統領のイルクーツク声明で、森首相は歯舞群島、色丹島の返還交渉と国後、択捉両島の帰属問題の交渉を同時に行う「並行協議」を提案した。この時、安倍氏は官房副長官だった。

 しかし、その後の小泉政権で日本は「4島一括返還」に逆戻りし、「日露関係空白の10年」となる。安倍氏が第2次政権で首相に返り咲いたことが、事実上の再スタートになった。

 安倍氏はまず、13年2月に森氏を特使としてロシアに派遣した。同2月にイシャエフ・極東連邦管区大統領全権代表(当時)が来日した際には、安倍氏はイルクーツク声明をもとに交渉したいと述べ、プーチン氏に伝えてほしいと発言した。

 安倍氏がイルクーツク声明から始めたのは、プーチン氏と森氏との良好な関係をよく知っていたからだ。これは私が安倍氏から直接聞いたことだが、プーチン氏は安倍氏と会うと、いつも「ヨシ(森氏)は元気か」と聞いてきたそうだ。

 だがプーチン氏は、イルクーツク声明を基礎とする提案には反応しなかった。小泉政権がイルクーツク声明を取り下げ、「4島一括返還」に戻ったことで、外交上のメンツを潰されたと考えていたからだ。

新しい発想

 そこで安倍氏は、イルクーツク声明から始めるのは難しいと考え、新しい発想で行こうとなった。それがシンガポール合意だ。しかしそこに行くまでに安倍氏は時間を相当かけた。4島一括返還の主張も、2島だけでいいという主張もいろいろ聞いたうえでの「2島プラスアルファ」だった。2島は返してもらう。平和条約は結んでもいい、しかし元島民の自由往来や4島での共同経済活動が必要だ、というカードを切った。

 ただ、その後、交渉はなかなか進展しなかった。ロシア国内の世論が敏感になってきたこともある。北方領土について「戦後の諸手続きにおいて合法的に手にした領土だ」という主張を繰り返すようになった。

 そして今年、ロシアのウクライナ侵攻があり、米国と連携し経済的、人的制裁を行った日本をロシアは「非友好国」にした。安倍氏も私に「これが終わらないかぎりはどうにもならない」と言っていた。

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鈴木宗男

元北海道・沖縄開発庁長官

 1948年生まれ。83年衆院初当選、2019年参院初当選。衆院外務委員長、防衛政務次官、外務政務次官、北海道開発庁長官、沖縄開発庁長官、内閣官房副長官などを歴任した。衆院当選8回、参院当選1回。参院比例代表。日本維新の会。