
「呪い」は本当にあるのだろうか。
私は信じていない。だが実際に呪いの文言を目にすると、想像以上に不気味だ。
エジプト・ギザの岩山に、ピラミッドを建設した当時の労働者の墓がある。カイロ特派員時代の2019年9月、ここを取材する機会があった。紀元前26世紀のクフ王の時代の労働者で、比較的身分の高かったペテティという人物の墓だ。
泥レンガと石灰岩で造られた墓室の石板に、古代エジプトのヒエログリフ(神聖文字)が彫られていた。ヘビやカバなど動物たちの絵文字もあり、どことなくユーモラスでかわいい。でも実は意味する内容は恐ろしい。
「この墓に入るすべての男と女は、ワニ、ヘビ、カバ、サソリに殺されるだろう。そう記されています」
同行したガイドの解説を聞いてギョッとした。いわば墓泥棒への「警告文」である。呪いの文言は強烈で、しかも出てくる動物が多すぎる。そんなによってたかって動物たちから攻撃されるのか。
「古代エジプト人は呪いなどの超自然的概念を信じていました」。カイロ・アメリカン大学のサリーマ・イクラム特別教授は当時、取材にそう語っていた。だが一見呪いの文句のようでも、実際はそれほど怖い言葉ではなく、よく読めば意外に「まっとうな」内容も多いという。
たとえば北部サッカラにある別の墓には「この墓に入る者は、不潔であってはならない」との言葉があり、要するに「清潔であれ」との忠告が彫られているという。
墓は聖なる場所だ。体を洗っていない者、儀式にふさわしくない言動をする者は入るべきでない。そうでないと罰が当たる。警告は呪いといえなくもないが、冷静に考えれば当たり前のマナーを説いたものとも取れる。これは現代にも通じる話だろう。日本もそろそろお彼岸の季節だが、墓参りの際は祖先や亡くなった方への敬意が必要だ。
「警告を怖がらなかった墓泥棒たちは、数多くの王墓で略奪を行いました。古代エジプトで盗掘が絶えなかったのは、呪いなんて信じない者もそれだけ多かったという証拠でもあります」。イクラム氏はそう話した。
なるほど。確かに呪いやマナーを気にしていたら墓泥棒は務まらない。カイロ特派員時代、エジプト人から「エジプトがこの世にある限り絶対になくならないもの。それはナイル川の魚と墓泥棒だ」というジョークを聞いた。余談だが、その墓泥棒による盗掘を奇跡的に免れ、英国の考古学者カーターによってエジプト南部ルクソールで1922年に発見されたのが有名なツタンカーメン王(紀元前14世紀)の「黄金のマスク」だ。今年はその発見からちょうど100年にあたる。
さて、同様の警告は古代エジプトに限ったものではない。実はこの春に着任した英国でもそんな墓を目にした。
数千年前の墓ではない。誰もが知る世界的文豪、ウィリアム・シェークスピア(1564~1616年)の墓である。…
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