記者コラム 下咽頭がんの治療日誌 フォロー

59歳で思わぬ診断 記者ががんになった

吉田啓志・公益財団法人認知症予防財団事務局長
健康診断の判定結果=筆者提供
健康診断の判定結果=筆者提供

 6月、下咽頭(いんとう、のど内部の下の方)にがんが見つかり、59年の人生で初めて病気による入院を経験した。幸い早く見つかったため治療は順調に終え、9月には仕事にも復帰した。内視鏡で見る限り腫瘍は消え、今は11月の確定診断を待っている段階だ。大したドラマもない地味な闘病ではあったが、「2人に1人はがんになる」と言われる時代、少しでも勇気づけられる人がいるのならと思い、自身の体験を振り返ってみた。

無縁と思っていた

 「がんの疑いがあります。3週間以内に医療機関にかかってください」

 5月25日、偶然受けた健康診断で担当医からそう告げられた時は、一瞬何を言われているのか理解できなかった。健康には絶対の自信を持っていたし、自覚症状もまるでない。家系にがん患者はおらず、自分とはまったく無縁の病気だと思い込んでいた。

 受けた健診は、陽電子放射断層撮影(PET)検査。がん細胞が正常細胞に比べて多くのブドウ糖を取り込む性質を利用する。ブドウ糖に似たF-18FDGという放射性の薬剤を注射すると、がん細胞があるところにはその薬剤が多く集積し、放射線を出す。特殊なカメラでこの放射線をとらえ、患部を着色して映し出す。健診の場合保険適用はなく、費用は数十万円に上る。今回はある人の厚意で自己負担はなく、「記者として何事も経験してみよう」と思って受けた。それが結果的に救いの神となった。

 検査終了後、示された画像を見ると、のどの下に二つ、黄色く染まった箇所があった。下咽頭とすぐそばのリンパ節だという。ただ、判定をした医師は「PETの場合、単なる炎症でも同様の反応を示すことがあります」とも付け加えた。私は「炎症と診断されるだろう」と楽観し、3日後、自宅近くの耳鼻咽喉科に足を運んだ。

 「咽頭炎ですね」。そう診断されることを疑っていなかった。それが内視鏡をのぞく開業医の表情は曇ったまま。そして、「心配ですね。リンパが1センチ程度腫れているのも気になります。大学病院を紹介しますから、詳細な検査を受けてください」と言われた。この段階になって初めて、不安が心をよぎった。

 5月30日、紹介された大学病院の耳鼻咽喉科で検査を受けた。高度な医療機関にしかない高性能の内視鏡で患部を見ると、縦横数センチ幅の部分に小さな黒いポツポツが映っている。「疑わしいですね。これはがんに特有の症状です」と医師。これでようやく、「私はがんなんだな」と自覚させられた。「詳しい検査が必要です」と言われ、病状の広がり具合などをみるコンピューター断層撮影(CT)や磁気共鳴画像化装置(MRI)の検査を受けた。

「残念ながらがん」

 CT、MRIともに初体験だった。いずれも筒のような装置の中に横たわり、体を撮影される。MRIは30分程度かかり、検査中は「ガンガンガンガン、ゴンゴンゴンゴン」と工事現場にいるかのような大きな音が聞こえてくる。終わるまで装置の中でじっとしていなければならず、「重い病気になってしまったんだな」という思いとともに、自分が死んだあとの家族のことを考えてしまった。

 この日はがん化が疑われる肉片の一部を切り取る組織検査も受けた。先端にカメラと肉片をつまんで切り取る小さな器具が付いた管を鼻から差し入れるのだが、「鼻の中を通るのか?」と思えるような太さの管だ。挿入の10分ほど前、鼻の中に麻酔薬を浸したガーゼを詰めてもらったおかげで痛みはあまりなかったものの、のどの内部をつまんでちぎり取られた時は脂汗が出るほどつらく、えずくことを抑えられずに何度も「オエーッ」と奇声を発してしまった。

 検査の結果が出たのは1週間後、6月6日の夕方だった。暗い思いで会社を早退し病院に向かった。

 医師は私の緊張を解く間もなく「残念ながらがんでした。リンパ節への転移も見られます」と通告してきた。頸部にはリンパ節が集中しており、早期に見つけても大抵は既にリンパ節への転移後というのが下咽頭がんのやっかいなところだという。ただし「かなり早く見つけたので根治が見込めます」とは言ってくれた。「2カ月程度の入院になるでしょう」と告げ、いったん退出した。

 覚悟はできていたので、比較的冷静に受け止めることができた。医師不在の間、「…

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公益財団法人認知症予防財団事務局長

 1963年生まれ。認知症予防財団に寄せられる電話相談などの内容を集計、分析している。毎日新聞記者を兼務。2003年より現在に至るまで介護保険など社会保障制度を中心に取材を続けている。