憲法の趣旨に反する予備費の乱用

田中秀明・明治大学公共政策大学院教授
記者団の質問に答え、首相官邸を出る岸田文雄首相=東京都千代田区で2022年9月29日、竹内幹撮影
記者団の質問に答え、首相官邸を出る岸田文雄首相=東京都千代田区で2022年9月29日、竹内幹撮影

 去る9月9日、政府は、新型コロナウイルス対策、低所得世帯への5万円給付などのための3兆円台半ばの予備費の使用を決めた。4月の約1兆円に続く巨額の予備費使用である。

 最近の巨額の予備費については、国会で議論され、メディアでも取り上げられているが、民主主義の根幹にかかわる問題だ。昨今の予備費は憲法の趣旨を逸脱しているからだ。手続きと内容の両面で問題があり、背景には、首相の権限を強化する平成の統治機構改革がある。

予備費は例外措置

 憲法第87条は、「予見し難い予算の不足に充てるため、国会の議決に基いて予備費を設け、内閣の責任でこれを支出することができる」と規定する。予算において、予備費の総額だけ議決し、その使途については、内閣の判断で決める。通常の予算では、細かく言えば、各省庁の電気代まで使途が事前に決められているが、予備費は使途を定めておらず、いわば内閣の署名で使える白紙の小切手帳だ。

 2000年度以降の予備費の金額を見よう(図参照)。通常、毎年度3500億円が計上されていたが、09~11年度は経済危機対応など、16年度は熊本地震復旧など、20~22年度では新型コロナウイルス感染症対応、といった特別目的の予備費が計上され、総額は1兆円を超えている。なお、00年度より以前は、1000億~3500億円程度の予備費が計上されており、公共事業や給与改善などの特別目的の予備費も計上されていた。

 従来、予備費として使われていたのは、衆院選(03、05、12年度)、裁判で敗訴・和解した場合の補償金(01、02年度ハンセン病訴訟、07年度C型肝炎感染者

、10、11、12年度水俣病被害者)、災害復興支援(04年度スマトラ沖大地震、07年度能登半島沖地震など)、自衛隊の海外活動(01、02、03年度など)などだ。

 過去の予備費においても、その使途に疑問がないわけではないが、裁判費用などは予見し難いものであり、金額も巨額ではなく、それなりに説明できるものである。

巨額な金額の予備費

 しかし、1兆円を超える予備費については、単純に認めてよいものではない。

 1兆円を超える予備費が初めて計上されたのは、麻生内閣が作成した09年度予算である。08年から始まった米国の大手金融機関や住宅2公社の経営悪化を契機に世界的な金融危機に発展し、日本でも景気が悪化した。09年度の一般会計当初予算は、前年度当初比6.6%増の88.5兆円となり、当初ベースでは過去最高額となった。この中に、経済情勢の悪化に対応するための経済緊急対応予備費1兆円が盛り込まれた。そして、20~22年度の新型コロナ感染症対策予備費でかつてない5兆~10兆円規模になった。

 筆者は、もともと旧大蔵省に入省した国家公務員であり、入省当初は、予算など大蔵省の所管する制度を勉強したが、そのバイブルと言われる本の一冊が「予算と財政法」(1987年初版、新日本法規)であり、その著者は小村武氏である。

 彼は、この本を執筆するときは大蔵省主計局法規課長であった。法規課とは、予算に関するさまざまな法令を作成するとともに、法律の解釈など担当する、いわば法律の番人である。彼は、97年には大蔵事務次官に就任しており、予算のプロ中のプロでもある。

 さて、この本では、予備費について、次のように書かれている。

 「計上すべき予備費の金額について特に法律上の制約はない。予見し難い予算の不足に充てるという予備費の性格上、計上金額に特別の決定基準は存在せず、第1次的には予算を編成する内閣、最終的には予算を承認する国会の判断に依存している。ただし財政処理については国会の事前議決が原則であり、予備費は例外であるから、この原則と例外を逆転させ事前議決の原則を忘却するような<巨額の予備費の計上は憲法の趣旨に反することになる>」(<>内は筆者の強調、2008年4訂版306ページ)

 もちろん、この本は、小村氏個人の責任で書かれたものであり、財務相の国会答弁のような公式見解ではない。しかし、これは旧大蔵省の予算のプロが書いたものであり、また、多くの財務省出身者も、この指摘に異論を唱えることはないだろう。

 緊急かつ軽微な支出については、予備費が許容されるとしても、年度途中においては、本来、国会で審議する補正予算で対応すべきである。小村氏の本でも、予備費と補正予算の選択は政府の裁量に委ねられているものの、「国会開催中の予備費使用には自ら節度があるべきであり、国会審議上問題が生ずる余地のない、比較的軽微なもの、ルーティン的なもの又は義務的経費に限るのが適当である」と書かれている。

 本年4月、政府は、約1.1兆円の予備費の支出を決定した。その内容は、新型コロナ感染症対応地方創生臨時交付金8000億円、低所得の子育て世帯に対する子育て世帯生活支援特別給付金2043億円、中小企業等事業再構築促進事業1000億円、新型コロナや原油価格の高騰等を踏まえた環境に配慮した持続可能な観光の推進90億円などである。

 同時に、政府は補正予算も編成し、5月に国会で承認されているが、主な内容は、原油価格高騰対策1兆1739億円、タクシー事業者に対する燃料価格激変緩和対策事業84億円である。加えて、一般予備費4000億円、新型コロナ感染症及び原油価格・物価高騰対策予備費1兆1200億円も計上されている。

 国会が開かれていないのであれば、予備費による対応もやむを得ないと言えるが、そうではないのだ。予備費を使う一方で、補正予算も編成し、さらに補正予算に追加的な予備費も計上する、全く理解に苦しむ対応であり、「何でもあり」だ。今年度使われている予備費を見ると、一刻を争う特殊性があるとは思えず、補正予算で十分対応できるはずである。

緩い予備費の審査

 これまでも、予算に関しては、多くの無駄な使い方が指摘されてきた。…

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明治大学公共政策大学院教授

 1960年生まれ。85年大蔵省(現財務省)入省。オーストラリア国立大学客員研究員、一橋大学経済研究所准教授、内閣府参事官などを経て、2012年より現職。専門は財政・ガバナンス論。著書に「官僚たちの冬 霞が関復活の処方箋」など。