リベラルではなくリアリストならウクライナ戦争を防げた

野口和彦・群馬県立女子大学国際コミュニケーション学部教授
ウクライナのゼレンスキー大統領=首都キーウで2022年9月16日、ロイター
ウクライナのゼレンスキー大統領=首都キーウで2022年9月16日、ロイター

 政治学者のスティーブン・ウォルト氏(ハーバード大学)が、興味深いエッセーを外交専門誌「フォーリン・ポリシー」に寄稿している。タイトルは「リアリストの世界だったなら、どうなっていたか」である。

 リアリスト(現実主義者)とは、国際関係をパワーと利益から読み解く学派の総称だ。その一人であるウォルト氏は、「リアリズムの予測は冷戦後の米国の外交政策を支配してきたリベラルの主張より明らかにマシだ」と言う。

NATO拡大への後悔

 リアリストがワシントンの外交政策立案者であったならば、ロシアのウクライナ侵攻は起こらなかった可能性がある。リベラル派が主張した北大西洋条約機構(NATO)の東方拡大がなければ、ロシアと欧米との関係、ひいてはロシアとウクライナの関係は異なっていたからだ。

 NATO拡大を進めたのはクリントン政権だ。クリントン元大統領は最近、「そう、NATOはロシアの反対にもかかわらず拡大したのだ」と述懐した。同政権の国防長官だったウィリアム・ペリー氏は、米国は過ちを素直に認めるべきだと自戒を込めて告白している。

 クリントン政権でNATOが東方に拡大されたのは、東欧にルーツを持つリベラル派で、「民主主義の擁護者」マドレーン・オルブライト国務長官の強い影響とされる。

 今から30年ほど前に、リアリストのジョン・ミアシャイマー氏(シカゴ大学)は、ウクライナはロシアが牙をむいてきた時に備えて、核兵器を放棄すべきでないと主張した。しかし、誰にも相手にされなかった。現在、彼はウクライナ政府から「ロシアのプロパガンダ拡散者」に指定されている。だが、ウクライナ政府の関係者には、彼の助言を受け入れるべきだったと後悔する者もいる。

 ワシントンやキーウ(キエフ)がリアリストの政策提言を受け入れていれば、NATOの不拡大によりヨーロッパの国際協調は保たれたのみならず、ウクライナがロシアの侵攻を抑止できた可能性さえある。

リアリストの和平提案

 ロシア・ウクライナ戦争でも、ワシントンやキーウはリアリストの助言に耳を貸そうとしていない。時々、ベルリンやパリから、リアリストに通じる提案は聞かれるが、大きな発…

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群馬県立女子大学国際コミュニケーション学部教授

 1965年生まれ。早稲田大学大学院アジア太平洋研究科にて国際関係学専攻の博士号取得。防衛大学校大学院兼任講師、青山学院大学兼任講師、ブリティッシュ・コロンビア大学客員准教授、東海大学教授を経て現職。その間、防衛省国際平和協力センターのアドバイザーなどを務め、かながわ国際交流財団で大学生や高校生を対象とした国際セミナーの企画・運営も手掛けた。著書は『パワー・シフトと戦争』(東海大学出版会)や『国際関係理論』(勁草書房)など。