
「世界が平和なら、LNG(液化天然ガス)など要りませんよ」。かつてロシアとの天然ガス取引を担当した商社マンから聞いた言葉だ。LNGは、売り手と買い手を固定するパイプラインと異なり、契約を柔軟に変更できるメリットがある。その半面、ガスを一度冷却する分、割高となる。本当に売り手と買い手が信頼関係で結ばれているのなら、割安のパイプラインでつなげば良いという意味だ。
セルビアの苦悩
今、まさにパイプラインと国際政治に翻弄(ほんろう)されているのが9月に訪れた東欧のセルビアだ。文化や宗教などが近いロシアに天然ガス需要の約8割を依存する一方、欧州連合(EU)の加盟候補国でもある。
地図を開けば、セルビアを取り巻く複雑な環境を理解できる。ロシアとは国境を接しておらず、EU加盟国のクロアチア、ハンガリー、ルーマニア、ブルガリアに囲まれる。ロシア産の天然ガスや原油はEU加盟国を通過するパイプラインを通って運ばれる。EUが露産原油の一部禁輸を決めたことから、クロアチアは今、セルビア向け露産原油の自国通過を拒んでいる。天然ガスでも同様のリスクがつきまとうため、セルビアはロシア依存脱却に向け、アゼルバイジャン産ガスを調達する新たなパイプラインのルートを建設している。
一方、天然ガス輸入の約4割をパイプライン経由のロシア産に依存してきたEUも、LNGへの切り替えとパイプラインの再編を模索している。
振り返ると、欧州にとってロシア依存を見直す機会は過去にもあった。まず2006年と09年、ロシアからウクライナを経由して西欧と結ぶパイプラインの供給が一部停止した時だ。ロシアは友好国だったウクライナに割安価格で天然ガスを供給していたが、ウクライナが西側寄りの姿勢を強めたことから、価格を引き上げた。払えないウクライナに対し、ロシアが供給を止めると、ウクライナの先の西欧への供給量も激減した。ウクライナが他国分の一部を中抜きしていたことが後に明らかになった。
多くの国にまたがるパイプラインのリスクが明白に示されたが、西側の供給元を多様化する動きは進まなかった。正確には、ドイツはウクライナを迂回(うかい)するロシアとのパイプライン「ノルド・ストリーム」の建設を進めた。ロシア、ウクライナ間のトラブルの影響は避けられるが、ロシア自体のリスクは拡大した。
パリ政治学院のジアコモ・ルシアニ教授(エネルギー地政学)は、「当時はまだ、中東などで問題があった時に、ロシアが代わりのエネルギー供給国になるとの期待があった」と指摘する。「ソ連崩壊で共産主義の脅威が去ったことへの安堵(あんど)感と、その後のロシアとの比較的安定した外交関係が、リスクから目をそらさせた。1998年からロシアが主要8カ国首脳会議(G8サミット)に参加し、イタリアのベルルスコーニ元首相がロシアのEU入りを提唱したことが欧州のロシアへの過信を示している」と語る。
そして欧州のロシア依存脱却のもう一つの好機は14年のロシアによるウクライナ南部クリミア半島の一方的併合だった。実はこの時、…
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