プーチン氏に核を使わせないために何をすべきか

野口和彦・群馬県立女子大学国際コミュニケーション学部教授
動員兵が訓練する様子を視察するロシアのウラジーミル・プーチン大統領=モスクワ南東のリャザンで2022年10月20日、AP
動員兵が訓練する様子を視察するロシアのウラジーミル・プーチン大統領=モスクワ南東のリャザンで2022年10月20日、AP

 ロシア・ウクライナ戦争に関する論壇では、プーチン大統領を批判するとともに、ロシアに強硬策をとり、ウクライナの全土解放を全面的に支援する主張が大勢になっている。

 ロシアは国際法に違反してウクライナに侵略したのだから、法を犯した国家および指導者を罰するのは当然であり、被害を受けたウクライナに手を差し伸べるのは、西側諸国の倫理的・道徳的義務であるということだ。

 しかしながら、こうした主張だけで、この戦争を語るのは正しいと言えるのだろうか。

政治における二つの倫理

 マックス・ウェーバーは政治指導者に課せられる倫理には「心情倫理」と「責任(結果)倫理」の2種類があるといっている。前者は、正しい行為は結果にかかわらず正当化されるというものだ。後者は、望ましい結果を得るための行動は認められるというものだ。正しい行為と望ましい結果が両立する場合、指導者は倫理的ジレンマに悩まない。しかし、両立しない場合、苦渋の選択を迫られる。

 第二次世界大戦の緒戦において英国は、ドイツ軍の攻撃にさらされるカレーとダンケルクの部隊の両方を大陸から英本土に撤退させられるだけの船舶を用意できなかった。時の首相であったチャーチルは、カレーの兵士を犠牲にして、ダンケルクの兵士を救う決断をした。この時のチャーチルは心情倫理家としては失格だ。なぜなら、カレーの兵士を見殺しにしたからだ。しかし、チャーチルは責任倫理家として合格だ。なぜならば、今後のドイツとの戦いに備えてダンケルクの兵士を救ったからだ。

 国家の指導者は、倫理的ジレンマに直面した場合、どちらに従って行動すべきだろうか。ウェーバーは「職業としての政治」において、政治家が「結果に対するこの責任を痛切に感じ、責任倫理に従って行動する」ことを擁護した。

核戦争のシナリオ

 ロシア・ウクライナ戦争において最大の懸念事項の一つは、プーチン氏が核兵器を使うことだ。専門家は、…

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群馬県立女子大学国際コミュニケーション学部教授

 1965年生まれ。早稲田大学大学院アジア太平洋研究科にて国際関係学専攻の博士号取得。防衛大学校大学院兼任講師、青山学院大学兼任講師、ブリティッシュ・コロンビア大学客員准教授、東海大学教授を経て現職。その間、防衛省国際平和協力センターのアドバイザーなどを務め、かながわ国際交流財団で大学生や高校生を対象とした国際セミナーの企画・運営も手掛けた。著書は『パワー・シフトと戦争』(東海大学出版会)や『国際関係理論』(勁草書房)など。