あなたは不安とどう向き合いますか? 日本生まれの療法から見えてくる現代人の悩み
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新型コロナウイルスの世界的感染拡大(パンデミック)が、人々を不安に陥れている。国内でも、事業の継続ができるのか、学校の休校で子どもの教育は大丈夫なのかなどといった理由から、精神的に不安定になる人が増えている。私たちはどう向き合えばいいのだろうか。人が不安に思うことはごく自然なことだと受け入れ、その向き合い方を説く日本生まれの療法がある。100年前に誕生し、現代も脈々と息づく森田療法の考え方を紹介しよう。【中根正義】

不安から神経症に発展するメカニズム
コロナ禍によって顕在化している、“心配し過ぎてしまう”ということはどういうことなのか。東京慈恵会医科大森田療法センター臨床心理士長を務める法政大大学院人間社会研究科の久保田幹子教授に聞いた。
「典型的な状態として、不安を解消しようとして頻繁に情報をチェックするというものがあります。10分おきにニュースをチェックして、それを周りに伝える人もいるようです。しかし、そうした行為によって、逆に不安がかき立てられたりもします。フェイクニュースやデマに踊らされるなど、不安をなくそうとする行動が、より不安を強め、冷静な対応ができなくなるのは、不安症の患者さんと似たような状態を示していると言えます」
不安症に分類される社交不安症やパニック症、また強迫症などが訴える不安は、いずれも誰もが持っている不安と悩みと共通する。「例えば、仕事で失敗して上司に叱られた後、書類にミスがないか気になることは自然なことです。それを100%払しょくしようとすることから、その不安にとらわれ、生活の中心が不安の払しょくにすり替わってしまうことで神経症へと発展してしまうのです」と、久保田教授は説明する。
SNSの普及がもたらした「漠然とした不安感」
さらに、近年の傾向として、何となく日常的に不安を覚えるという人が増えている。「SNSはメリットが大きいのですが、一方である種の万能感のようなものを育ててしまう気がしています」(久保田教授)
買い物も、ネット通販で欲しいものがすぐ手に入る、知らない人と簡単につながれる、分からないこともネットで調べればすぐ分かるというように、情報通信技術の発達が私たちの生活様式を便利なものに大きく変えている。そのため、少しでもうまくいかないといら立ちや不安感を抱いたり、悩みはなくても「自分だけができていないのでは」という焦りや劣等感を感じてしまったりする。久保田教授は、「日本人は皆と一緒だと安心というところがあり、周囲の反応や評価、他者の行動といったことに引きずられやすく、曖昧な不安感を抱く傾向が強くなっているのかもしれません」と分析する。
「あるがまま」の自分を受け入れ不安と共存
では、そうした不安にどう向き合えばいいのだろうか。100年ほど前、精神科医の森田正馬(1874~1938年)が生み出した理論に基づいて実践されているのが森田療法だ。その人物像を、療法が生み出されたきっかけとともに紹介しよう。
森田は高知県出身。東京帝国大(現在の東大)で、我が国の近代精神病学の創立者と言われる呉秀三の門下生として学んだ。呉は文豪、夏目漱石を診察していたほか、俳人の正岡子規とも交流があった。そして、漱石の旧制第五高等学校(現在の熊本大)時代の教え子に、後に漱石の門下生となる物理学者、随筆家、俳人として知られる寺田寅彦がいる。実は、同時期に森田も五高で学んでおり、寺田と親交があったことが知られている。つまり、森田は共通の知人を通じて漱石や子規とつながっていたのだ。
そんな森田だが、学生時代は定期試験が近づくと不安感と動悸(どうき)に突然襲われていた。病院で治療を受けるものの、症状が改善することはなかった。
自らの体験を振り返るうち、試験に向けて猛勉強している時は症状が出なかったことに気付く。そこから、不安などを無理に抑え込まず、「あるがまま」の自分を受け入れ、目の前のことに集中することが症状の改善につながるのではないか、という考えに行き着く。そして生まれたのが森田療法だ。その後、東京慈恵会医院医学専門学校(現在の東京慈恵会医科大)精神科の初代教授に就任し、この療法が注目されていく。
前出の久保田教授が説明する。
「森田療法では『不安』」と『欲求』は表裏一体だという考え方をします。人は不安や不快感など、自分のなかの受け入れがたい感情を何とか解決したいと思うわけですが、解消できるものとできないものがある。不安をまず取り除きたいと考えれば、常に不安に注意が向き、逆にそれにとらわれてしまいます。したがって、不安な気持ちを持ちながら、その背後にある本来の欲求に従って、できることから行動に踏み出してみる。そうしたことを通して、症状の呪縛からの解放、そして自分らしい生き方や『あるがまま』の姿勢を身につけていくことを目指していくのです」
例えば、他人に嫌われるのではないかという心配は、人に好かれたいという気持ちの裏返しといえる。神経症になる人は、「人に好かれるためには、嫌われるかもしれないという不安をすべて解決してから他人と付き合えば完璧な人付き合いができる」と考えてしまうので、まずこの不安を取り除こうとする。その結果、他人との接触を回避するようになってしまう。しかし、「好かれたい」という本来の欲求がある限り、不安をなくすことはできない。つまり、不安を排除しようとして、逆に不安にとらわれてしまうことで日常生活がうまくいかなくなってしまうのだ。

「森田先生が一番強調しているのは『事実唯真(ただしん)』、つまり『事実本位』があります。例えば、病気を恐れる気持ち自体は自然なことであり、怖いからこそ、そこで自分は何ができるかを探っていくのが事実に即した態度だというわけです」(久保田教授)
では、欧米の認知行動療法とはどう違うのだろうか。久保田教授は「欧米の精神療法は、不安を病理と捉え、それを『乗り越える』『取り除く』ことを目標にしますが、森田療法は不安と共存するという考え方をします。そして、このような森田先生の考え方に、認知行動療法もどんどん近づいてきているように感じます。アクセプタンス=自分を受け入れるとか、マインドフルネス=ありのままの自分を観察しよう、受け止めようというスタンスに変わってきています」と、解説する。
医療と自助グループが両輪
森田療法は、医療と自助グループの二つの柱からなる。専門家の育成としては、20年以上前から療法の理論と実践についてのセミナーが全国で開催されており、医療従事者に限らず、心理専門職など多様な分野の人々が療法を習得し、医療のみならず、教育、産業などフィールドが拡大している。
医療では、東京慈恵医科大第三病院(東京都狛江市)に専門の入院施設があるほか、浜松医科大医学部付属病院(静岡県浜松市)やメンタルホスピタルかまくら山(神奈川県鎌倉市)、三島森田病院(同県三島市)などが入院患者を受け入れている。また、慶応大病院(東京都新宿区)や各地のクリニックで治療が行われ、神経科だけでなく、皮膚科や耳鼻科、歯科、婦人科、整形外科など他の診療科の医師たちも森田療法を学んでいる。例えば、皮膚科ではアトピー性皮膚炎、耳鼻科であれば耳鳴りやめまいなど、身体的な症状と精神的なストレスとの関連が考えられるケースの治療にも、その考え方が取り入れられている。 さらに、教育現場では、学生相談やスクールカウンセリングにも採用され、企業でもうつ病などで休職した人の復職支援に生かされている。
また、森田療法の大きな特徴になっているのが「自助グループ」の存在だ。
「森田先生自身が自ら神経症に悩み療法を生み出したということもあり、仲間同士で体験を共有して支え合い、より質の高い生活を送ろうとするためにあるのが自助グループの『生活の発見会』です。森田療法の考え方を生かすためにも非常に重要で、医療と両輪になるものです」と話すのは、NPO法人「生活の発見会」の岡本清秋理事長だ。現在、北海道から沖縄まで全国に約130の集談会と呼ばれる懇談会組織があり、約2000人の会員がいる。

「生活の発見会」は今年、創立50周年を迎えた。神経症からの回復を目指している人だけでなく、回復してからも人生の「座右の銘」として理論を学び続ける会員がいるという。①悩みや回復体験の共有②森田理論の学習③実生活で実践④自分を見つめ直すという四つサイクルを通じて、回復の実感体験を後押ししており、活動をサポートする協力医師がいるのも特徴だ。久保田教授は、「悩みから脱すると同時に、本来の欲求である”よりよく生きるため“に、仲間同士で体験を共有して支え合うことは重要です。同じ悩みを抱える者同士だからこそ、心を開きやすい側面もあると思います」と自助グループの意義を話す。不安と付き合いながら、自分らしい生き方を手に入れる。森田療法が生き方の指針ともいわれる理由がここにある。
不安と付き合いながら、よりよく生きる
今、世界は新型コロナウイルスの感染拡大に揺れている。その中で、森田療法の考え方はどう生かせるのだろうか。久保田教授は「このような状況下で人々が不安になるのは自然なことです。その中で健康な生活を送るためには、まず何ができるかを考えることが大切です。例えば、食生活を改善するとか、感染のリスクが少ない状況下で適度な運動を行うといったように、不安に対しても『あるがまま』に、そして、その裏側にある本来の欲求も『あるがまま』に受け止めながら、実際にできることから行動につなげていくことによって、悩みのなかに没入していた状態から脱することができます」と話す。
森田が唱えたのは「事実唯心」。つまり「あるがまま」だ。
「森田先生は『不安をなくすことはできない、でも同時に欲求をあきらめることもできない』とも言っています。だとしたら、自分は何をしていくかを自問自答していくことが、より良い人生につながるのではないでしょうか」(久保田教授)
近年、世界的に大ヒットしたアニメ「アナと雪の女王」の主題歌のタイトルは「ありのままで」だった。そして、書家、詩人として知られる相田みつをの作品が国内だけでなく、翻訳され、海外の人々にもファンを増やしているという。作品に通底しているのは「そのままでいい」というメッセージだった。
人生を登山に例えれば、「このルートで登らなければならない」と固執するのではなく、「回り道のようなほかの道もあるのではないか」と考えてみることも必要だろう。森田療法には、そうした柔軟さがあり、複雑化する社会に戸惑う人々の内なる心に、希望の光を照らしているのかもしれない。
NPO法人「生活の発見会」 〒130-0001 東京都墨田区吾妻橋2-19-4 リバーあみ清ビル2F 電話03-6661-3800 ファクス03-3621-8555 ホームページ https://hakkenkai.jp/ |
久保田幹子(くぼた・みきこ) 法政大大学院人間社会研究科教授・東京慈恵会医科大森田療法センター臨床心理長 上智大大学院文学研究科臨床心理学専攻博士後期課程満期退学。1998年から2000年まで,米・ミシガン大精神神経科で認知行動療法と入院・外来治療の研修,および精神分析的精神療法の研修を受ける。06年から現職。専門は森田療法,比較心理療法,臨床心理学。著書に『女性はなぜ生きづらいのか:森田療法で悩みや不安を解決する』(共著,白揚社),『森田療法で読む強迫性障害:その理解と治し方』(共著,白揚社)など。 |