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働き方改革を進めなければ日本に未来はない

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対談

立命館アジア太平洋大学(APU)学長 出口 治明氏

「月刊総務」編集長 豊田 健一氏

出口治明・立命館アジア太平洋大学学長
出口治明・立命館アジア太平洋大学学長

 長時間労働やサービス残業などの日本型労働慣行を改善し、働き手主体の職場環境、労働条件を確立することに向けて、2019年4月から働き方改革関連法が順次施行されている。働き方改革を推し進めるために、わが国の企業は何をなすべきか、かねてから日本の長時間労働の問題点を鋭く指摘してきたのが、ライフネット生命の創業者で、現在、立命館アジア太平洋大学(APU)学長の出口治明氏だ。出口氏と、企業総務の専門誌『月刊総務』編集長として多くの企業現場を取材している豊田健一氏が対談した。【構成/毎日新聞編集委員・中根正義】

長時間労働とダイバーシティーの遅れが日本経済停滞の要

豊田 少子高齢化が進むわが国において、停滞する日本経済を活性化するという点からも働き方改革の重要性が高まっています。出口先生は、かねがね日本の長時間労働は製造業の工場モデルの名残だと言われておられますね。

出口 平成の30年間をデータで振り返ってみると、わが国の購買力平均で見たGDPの世界シェアは約9%から4%と半減以下に落ち込んでいます。IMD(国際経営開発研究所)が発表した国際競争力ランキングは1989年の1位から2020年には34位にまで落ち込みました。当時は世界のトップ企業20社のうち14社は日本企業でしたが、現在はゼロです。

 さらに、日本は名目GDPが大きいといわれていますが、これは人口が多いからで、1人当たりのGDPを購買力平価で見ると、2019年度はアメリカが6万5000ドルを超えていて、ドイツは5万6000ドルなのに対し、日本は4万3000ドルでしかなく、G7では最下位です。世界では33位となっており、アジアでもトップ5に入っていません。シンガポールや香港はもとより、台湾にも大きく引き離され、韓国とほぼ同水準です。このようにデータで見ると日本は経済がまったくうまく回っていないことが明らかになっています。

 日本は大学進学率や高等教育比率が世界的に見て低く、大学に進学しても勉強しない。これは100%企業の責任です。採用基準に成績を求めないからです。さらに、大学院修了者を大事にしない。しかし、一番の問題点は「労働時間」です。平成の30年間、正社員で見ると労働時間は年間2000時間を超えていて、まったく減っていません。これだけ働いていても成長率は平均1%に届かない。

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 長時間働いても成長しないのはマネジメントが機能していないからです。製造業の工場モデルは長時間労働が向いています。機械は疲れないから、稼働すればするほど製品が生産されます。しかし、GAFA(グーグル、アマゾン、フェイスブック、アップル)やユニコーンと呼ばれるベンチャー企業はアイデアが勝負で、高い成長性を持ち、投資対象として有望です。世界の先端企業は頭脳労働へとシフトし、生産性を高めているのに、わが国はいまだに工場モデルに縛られています。

 頭脳労働を考える上で大切なことは、人間の脳は一回の集中力は2時間くらいで、2時間×4コマぐらいが限界だということです。それは、脳科学の分野でほぼ証明されています。日本はいわゆる正社員などで2000時間労働、これに対してドイツやフランスは1500時間ですから、日本は構造的に勉強できない環境になっています。「メシ」「フロ」「ネル」の長時間労働から解放されて、面白い人に会い、ためになる本を読み、さまざまな場所に出掛けて自分の目で確かめるという、“人・本・旅”の生活に切り替えるべきです。

 もう一つの問題はダイバーシティーです。GAFAやユニコーンは、ほとんどが多国籍チームです。ところが、日本の大企業は日本人の女性すら少ない。一方で、サービス産業のユーザーは7割が女性です。全世界の産業構造は女性が需要を引っ張っているので、供給サイドに女性がいなければ女性が本当に欲しいものは分かりません。この需給のミスマッチを解消しようと世界の100カ国以上が会社幹部に一定の割合で女性を登用する「クオータ制」を導入しています。ところが、日本は女性の地位が極めて低く、「世界経済フォーラム」(WWF)が2019年12月に発表した男女格差の度合いを示した世界ジェンダー・ギャップ指数で過去最低の121位です。ダイバーシティーがまったく進んでいない。これに、構造的に勉強できないことが加わっているわけですから、ユニコーンが生まれるはずがありません。

コロナ禍がもたらした新しいオフィスのあり方

豊田健一・「月刊総務」編集長
豊田健一・「月刊総務」編集長

豊田 現場を取材していると、総務・人事・管理部門も気づいていて、創造性の向上、アイデアを生むために、働く場においていかにしてイノベーションが起きるような支援をすべきかを考えています。グーグルのオフィスでは、いかに人を衝突させるかをキーワードとしていますが、わが国でもフリーアドレスにして横に誰が来るか分からない状態にしたり、これまで部門単位に置かれていたコピー機をあえて一カ所に集中させて、違う部署の人が出会いやすくしたりと、意識的に不便にしています。動線上で人がぶつかり合うような仕組みを意図的につくり、偶発的な出会いのなかでコミュニケーションさせることで、創造性の向上を図ろうということですね。

 そうした状況下、コロナ禍で在宅勤務やリモート勤務が増えたことで、オフィスはどうあるべきかという議論が起きています。今までのオフィスは何でもできる万能型が中心でしたが、「機能特化型」にシフトしてきました。そこへコロナ禍によって集中したソロワークは在宅でもできるとなり、オフィスは何のためにあるのかが問われるようになっています。すっかり一般的になったオンライン会議では偶発的な出会いは生まれにくい。それが可能なのはオフィスで、オフィスは創造性の向上の場であるべきで、総務部門はイノベーションが起きるようなオフィスのあり方を模索しています。

出口 グーグルなどは、脳科学者や心理学者の知恵を借りてサイエンスをベースにオフィスを設計しています。人間の脳は、楽しい職場であれば自然と頑張れるのです。気持ちの良いオフィスにすれば、アイデアが生まれる。人間を科学的に理解して、人間を大事にしているからこそ、グーグルやユニコーンは業績が上がるのです。

 それに対して、日本の企業では旧態依然とした根拠なき精神論がまかり通っていて、脳が生き生きと活躍できるはずがありません。例えば、いつでも転勤自由な総合職が一番上だという制度などは、社員と地域との結びつきやパートナーの人生をまったく無視した傲慢(ごうまん)な考え方といえます。

 一方で、テレワークやオンライン会議は何をもたらしたか。紙やハンコを不要とし、通勤時間もなくなりました。どこにいても仕事ができ、これを機に転勤という制度をやめるくらいの企業がもっと現れれば、日本経済は良くなると思います。また、前述したジェンダー・ギャップ指数を持ち出すまでもなく、わが国の男女差別も大きな問題です。これはユニコーンが生まれない要因であると同時に、少子化の根本原因でもあります。日本ではいまだに家事や育児、介護を手伝う男性は素晴らしいという発想ですが、家事、育児、介護は本来女性の仕事だから手伝うという偏見が前提になっていることでもあるのです。男性の育児休業に中小企業の7割は人手不足を理由に反対していますが、男性は子育てをして初めて、オキシトシンという愛情ホルモンが分泌され、子どもに対する真の愛情が芽生えて、母親と同等になるということが医学的にも証明されているのです。

変化に対応するには常に「学ぶ」姿勢が重要

豊田 今、個々人は自らの生き抜く力を蓄えていかないと厳しい時代になっていると思います。経済産業省も複数の専門性を持つべきなどと言っていますが、これからの職業人には、どのような心構えが必要でしょうか。

出口治明氏 拡大
出口治明氏

出口 世の中の進化のスピードが速くなればなるほど、すぐに役立つ知識はすぐに陳腐化します。ですから、物事を本質的に考える力、すなわち探究力や問いを立てる力が何より大事になるのは世界共通です。企業人もさまざまな人と出会って話を聞いたり、いろいろな本を読んだり、体験(旅)を重ねたりして勉強する以外に手はないと思います。その意味でテレワークは絶好のチャンスで、短時間で1日の仕事をこなしてしまえば、使える時間が増えるわけですから、市民一人ひとりが賢くなれるチャンスでもあります。また、前の仕事が終わったら次の仕事まできちんと休むという「勤務時インターバル制度」の導入が適切に実施されていれば、労働者の健康と再生産性は担保されます。そうなれば、複数の会社に所属する副業・兼業も十分ありではないでしょうか。

豊田 コロナ禍もあって、オフィスは縮小する傾向が強まっていますが、家賃が減り、社員の通勤交通費も減り、オフィスの光熱費も減り、総務・人事部門は意外とお金をたくさん持っている。これをいかに社員教育のための原資として使うか考えるべきでしょう。スタッフも目の前のこなすべき仕事が減り、考える仕事にフォーカスできるなど、テレワークによってこれまでできなかったことが進められる良いチャンスであることは間違いありません。ピンチをチャンスに変えるという発想が求められると思います。

 「学ぶ」いう点では、優秀な企業の人事・総務ほど学んでいます。とにかく、外に出ていろいろな会社の事例を見たり、専門家と話したりして学んでいる。それが成果となって、結果的に会社は良くなっている。特に、新しいことは経験値がないので、会社にいては何も得られないと思います。

 働き方改革関連法に絡めて、2019年4月、大企業に対して時間外労働の上限規制が施行され、2020年4月から中小企業にもそれが適用されているわけですが、現場の状況を見ると、36(サブロク)協定は何かというところから始まっていて、まだ現場に浸透していない。これをより浸透させるために必要なことは何でしょうか。

時間外労働の上限規制
(厚生労働省 働き方改革特設サイトより)


出口 最も重要なことは、政府が本気で勉強しない、変わろうとしない企業には市場から退出してもらうかもしれないという緊張感を持たせることだと思います。大企業が進んでいるわけでも、中小企業が遅れているわけでもありません。中小企業でも立派な経営者は必死に改革に取り組んでいます。そういう企業を伸ばしていくことこそが日本が良くなることにつながると思います。

豊田 同一労働同一賃金についてはいかがでしょうか。同一企業であれば正規雇用労働者と非正規雇用労働者(パートタイム労働者、有期雇用労働者、派遣労働者)の間で、基本給や賞与などの個々の待遇ごとに不合理な待遇差を設けることは禁止するという法律が2020年4月から施行されています。日本の企業文化のなかでは、同一労働同一賃金はなかなかハードルが高いという声もあります。

出口 定年の廃止と同じで、同一労働同一賃金は“アリの一穴”となって、ゆがんだ労働慣行を是正する格好の武器となるのではないでしょうか。同じ仕事をしているのに、派遣だから給与が低いというのは明らかにおかしくありませんか。ですから、原理原則論で厳格に行い、反した企業は公表していくくらいのことをしなければならないと思います。

 私自身は同一労働同一賃金を含め、国の働き方改革については、総論では賛成です。総論は非常に重要で、総論が間違っていては各論も間違う。皆が方向性を明確にしつつ、後は各職場で各人が工夫しながら、少しずつでも前に進むようにやっていくしかないと思います。

出口氏(左)と豊田氏(右)
出口氏(左)と豊田氏(右)
【略歴】

出口治明(でぐち・はるあき)

1948年生まれ、三重県出身。72年京都大学法学部卒業、同年日本生命に入社、2008年、ライフネット生命を創業、12年上場。社長、会長を務める。早稲田大学大学院講師、慶応義塾大学講師などを経て、18年より立命館アジア太平洋大学(APU)学長。著書に『哲学と宗教全史』(ダイヤモンド社)、『全世界史(上下)』(新潮文庫)、『人類5000年史(Ⅰ~Ⅲ)』(ちくま新書)など。

豊田健一(とよだ・けんいち)

1989年、早稲田大学政治経済学部卒業、リクルート、魚力などを経て、現在、株式会社月刊総務代表取締役、『月刊総務』編集長。一般社団法人ファシリティ・オフィスサービス・コンソーシアム(FOSC)副代表理事や、All About「総務人事、社内コミュニケーション・ガイド」も務める。著書に『マンガでやさしくわかる総務の仕事』、『経営を知良くする戦略総務』など。

厚生労働省「働き方改革特設サイト」