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神と喧噪の南アジアから

インド社会の行方(中)モディ政権与党圧勝 事前予測覆したその背景を探る

手前の看板は、ヒンズー教のラーマ神の生誕地への寺院建設を求めるRSS関連団体による集会の告知。後ろの標識は政府が道を作り変えたことを知らせるもので、モディ首相らBJPの政治家の顔写真が張られていた=インド北部ウッタルプラデシュ州で2019年6月、松井聡撮影

 インド総選挙(下院定数545、小選挙区)は5月23日に開票され、ヒンズー至上主義を掲げるモディ首相のインド人民党(BJP)が2014年の前回総選挙に続く単独過半数となる303議席を獲得し圧勝した。第1党の座は維持するものの、失業問題や農村の貧困問題などへの反発から単独過半数は難しいだろうという専門家の事前予測を裏切る結果だった。圧勝の背景には何があったのか。全29州と七つの連邦直轄地の中で最多となる80議席が割り当てられ、BJPが62議席を獲得した北部ウッタルプラデシュ州での取材を中心に探った。

「カースト政党」が勢力を保ってきた同州

 人口が集中し、多くの議席が割り当てられているインド北部は、ヒンズー語圏であることから「ヒンディー・ベルト」と呼ばれる。とりわけウッタルプラデシュ州は人口2億人以上の最大票田で、選挙の結果を大きく左右してきた。6月初めに車で走ると、ヒジャブを被った女性が目につくイスラム教徒の集落に続いて、土壁の粗末な平屋が並ぶ貧しい集落が現れる。この州は最下層の「不可触民(ダリト)」や低位カーストが中心の「後進諸階級(OBC)」、イスラム教徒の合計が人口の約8割を占める多様な社会が特徴だ。

 ここでは1990年代以降、中位に位置づけられる酪農カーストの「ヤータブ」とイスラム教徒を支持基盤とする「社会主義者党(SP)」、ダリトが支持する「大衆社会党(BSP)」の二つの政党の支持率が、BJPを大きく上回ってきた。特定の社会集団をベースとする「アイデンティティー政治」が主流を担ってきた州とも言える。

 だが、「モディ旋風」が吹いた2014年の前回総選挙でその勢力図は大きく塗り替えられた。BJPは10議席から71議席に激増し、SPは23議席から5議席となった。BSPに至っては、20あった全議席を失った。BSPにとっては、ダリトの中で最も強い支持基盤であるカースト「ジャータブ」以外の票がBJPに流れたことが痛かった。

アイデンティティー政治の退潮

 SPとBSPは今回、「ジャート」という農民を中心とするカーストを支持基盤に持つ政党「民族ローク・ダル(RLD)」とともに3党の選挙協力で巻き返しを図った。前回総選挙の得票率は3党合計で42.7%なので、各選挙区の候補者調整をすれば42.3%だったBJPと互角になる計算だった。ダリトのジャーナリスト、アショク・ダース氏は選挙前の取材に「前回はモディ旋風もあり、ダリトの中でもBJPに投票した人も少なからずいた。だがBJPはダリトに対して何もしてくれておらず、反発は強まっている。長年ライバルだったBSPとSPの連合は夢のような話で、今回の選挙でBJPは壊滅的に議席を減らすことになる」と期待していた。

カースト政党による協力がうまくいかなかったことを嘆く社会主義者党のサマイ・チョハン氏=インド北部ウッタルプラデシュ州で2019年6月、松井聡撮影

 だが、3党連合の合計獲得議席は15にとどまった。一方でBJPは、前回の71議席からは減らしたものの62議席を獲得した。得票率は、前回より7.3ポイント高い49.6%に上った。SP幹部のサマイ・チョハン氏(62)は▽SPの岩盤支持層だったヤータブの一部がBJPに流れた▽前回選挙でBSPからBJPに流れたダリト、RLDからBJPに流れたジャートの有権者を引き戻せなかった――ことを敗因に挙げる。

 ヤータブ票がSPからBJPに流れたのは新たな現象だ。背景には▽中位カーストであるヤータブの有権者の多くが、最下層のダリトが主導する政党との選挙協力に反発した▽BJPのナショナリズムに訴える戦略が奏功した▽人気があったSP幹部が離党した――ことなどがあったとみられる。チョハン氏は「選挙中の集会で、SP党首の妻が、ダリトであるBSP党首の足を触った姿が報道されたことが致命傷になった。インドでは目上の人に敬意を表すポーズで、ヤータブにとっては屈辱だった」と説明。さらに「2月にパキスタンを空爆してモディ氏が強い指導者像を打ち出すのに成功し、ナショナリズム感情が盛り上がったことも惨敗の一因だ」と振り返る。

 また別のSP幹部は「多くのヤータブの若者がBJPに投票した。14年の前回選は一過性の『モディ・ブーム』だと思っていたが間違いだった。モディ氏はインターネットを通じて若者に直接夢を語る。彼らはBJPの支持層として固定化してしまったのかもしれない」と危機感を募らせる。

分断進むヒンズー教徒とイスラム教徒

 SP支持層の中でヤータブの多くがBJP支持に回った一方で、イスラム教徒の多くは従来通りSPに投票したとみられている。同州西部の自治体幹部で長年選挙に関わってきたイスラム教徒のアファク・カーン氏(62)は「これまでもイスラム教徒が『2等国民』だと感じることはしばしばあった。だがインドが完全な『ヒンズー教国家』だと感じさせたのはモディ政権が初めて。多くの人がBJPと聞いただけで拒絶反応を示す。ほとんどアレルギーだ」と語る。

 イスラム教徒がBJPへの反発を強める一方、ヒンズー教徒の中ではBJP支持が増えている。印シンクタンク・CSDSの調査によると、インド全土のヒンズー教徒の中でBJPに投票した人の割合は、14年の前回総選挙の36%から今回は44%に増加した。イスラム教徒でBJPに投票したのは前回の8%から横ばい、キリスト教徒も7%から11%と増えたが、ヒンズー教徒の伸びほどではなく、ヒンズー教徒が突出してBJPに流れている傾向がうかがえる。

 さらに興味深いのは、イスラム教徒の占める割合が多い州でBJPに投票したヒンズー教徒の割合が増えている点だ。ウッタルプラデシュ州ではBJPに投票したヒンズー教徒の割合は48%から60%に増加した。西ベンガル州では前回の21%から57%まで伸び、BJPの議席も2から18に激増。北東部アッサム州でも、14年の58%から70%に増えた。いずれもイスラム教徒人口が占める割合が高い上位5州に含まれている。

 モディ政権はヒンズー教徒が神聖視する牛の食肉を規制したり、イスラム教徒以外の移民に国籍を付与する法案の成立を目指したりするなどヒンズー教徒寄りの政策を進めてきた。そんな中、これらの州ではヒンズー教徒にイスラム教徒が襲撃されたりする事件が増えたと指摘され、いわば対立の「最前線」とも言える地域だ。ネール大のスダ・パイ元教授は「BJPはヒンズー教徒とイスラム教徒という対立の構図を意図的に作りだし、ヒンズー教徒の宗教感情や危機意識をあおった。その結果分断が進んだ」と批判する。

ヒンズー至上主義者は「イスラム教徒も投票した」と主張

 開票から2日たった午後、ニューデリー市内の商店でBJPの支持母体であるヒンズー至上主義団体・民族奉仕団(RSS)で地区責任者を務める男性と会った。男性は満面の笑みで記者を迎え、開口一番「予想以上だった」と胸を張った。この男性は選挙前の取材に「BJPは前回から議席は減らすものの、連立政権を樹立できる議席数は確保できる」との見通しを語っていた。圧勝の要因を尋ねると、間髪入れずに言った。「サイレントボーター(声高に意思表示しない有権者)だ。イスラム教徒の女性がBJPに投票した」

 BJPは今回の選挙で、イスラム教徒の女性票取り込みに力を入れていると指摘されてきた。最高裁が17年に、イスラム教徒の男性が「タラク」(アラビア語で離婚)と3回唱えれば離婚できる「トリプル・タラク」という慣習を違憲と判断すると、モディ氏はこれを歓迎した。一方でイスラム教徒のコミュニティーでは、BJPがこの問題を利用してイスラム社会を分断しようとしていると警戒感を強めていた。男性は、この問題が女性イスラム教徒にアピールしたことに加え、モディ政権が庶民生活を底上げする政策を取ってきたと指摘。「女性にとっては生活が第一だ」と自信ありげに語った。

 ただウッタルプラデシュ州の現場で取材した限り、BJPに投票したというイスラム教徒の女性とは一人も会わなかった。むしろ、「トリプル・タラクは現実にはほとんど行われていないのに、BJPが問題化している」「子供や夫を襲撃する人たちを応援するわけがない」など、BJPに批判的な意見が圧倒的だった。実際に多くの女性がBJPに投票したかは定かでないが、RSSがイスラム教徒女性から支持されていると強調したいことは間違いない。「反イスラム」という批判を和らげようという意図があるのだろう。

モディ氏が変えた選挙戦

 「カーストによって投票先が違うというのが、インドの選挙だった。モディ氏はそれを14年に劇的な形で変え、今回はさらに進化した」。印シンクタンク・ORFのハーシュ・パント氏はこう語る。「若者は日々発展しているインドの姿を生まれたときから見ている。昨日はLED電球が家に来たと思えば、今日はスマホが手に入った。そういう時代だ。彼らにとってモディ氏の『インドをさらに発展させて一緒に豊かになろう』という前向きなメッセージは、『ダリトの権利向上』という訴えよりも魅力的に響く。モディ氏はソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)を多用することで、カーストに基づいていた古い選挙のあり方を劇的に変えた」という。パント氏はさらに、出身カーストよりも「ヒンズー教徒」や「インド人」としての意識を呼び起こさせるBJPの戦略も成功したと語る。

 もちろん、カースト意識がなくなったとは言えない。とりわけ地方では、同じカースト同士で結婚し、集まって住むのが普通だ。カースト政党の得票率が低下したとはいえ、いまだに20%前後を維持している。ウッタルプラデシュ州での選挙協力が功を奏さなかったのも、中位カーストのヤータブが最下層であるダリトの政党との協力に拒否感を強めたからだ。カーストに依拠するアイデンティティー政治がすぐに消滅するとは考えづらい。

 ただ、BJPがカーストの壁を少しずつ打ち破っていることは確かだろう。モディ政権が新たな5年間で国民の期待に応えるような成果を上げた場合、カースト政党の退潮に拍車がかかるだろう。そして、それはインド政治のあり方をさらに大きく変えることになるはずだ。【松井聡】

松井聡

ニューデリー支局記者。1982年生まれ。2005年に入社し、福井支局、大阪社会部などで勤務。宗教と民族の多様性、発展と貧困、政治の混乱など様々なキーワードでくくれる南アジア。今何が起き、そしてどこへ向かうのか。将来を展望できるような情報の発信を目指します。

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