私たち、一人ひとりが『食と健康の達人』となる社会へ。

北海道大学COI×医療プレミア

研究者インタビューINTERVIEW

写真:鈴木敬子

 北海道大学COI「『食と健康の達人』拠点」のねらい、これまでの歩み、そして今後の方向性について、2013年のプロジェクト発足から2016年6月まで研究リーダーを務めた筒井裕之客員教授(現・研究リーダー・アドバイザー、九州大学教授)と、その後を引き継いだ玉腰暁子教授に伺いました。

 ——まず、北海道大学COIの内容と特徴をお聞かせください。

 筒井 COIは2013年に文部科学省が始めた産学連携支援の大規模なプロジェクトです。その大きな特徴は、最初に「目指すべき社会の姿や暮らしのあり方(ビジョン)」を設定し、その社会を実現するために、現在取り組むべき研究開発は何かを考え、決めていくという手順にあります。このような研究の進め方を「バックキャスト型」といい、特定のシーズ(種)を元に実用化の方法を考える「フロントキャスト型」とはまったく違う発想で、研究開発の課題や目標が設定されます。また、日本の研究開発投資の大半を担う民間企業に、即座に製品に結びつかない挑戦的な研究にも取り組むように支援するのもCOIの役割です。

 COIでは、事前に文部科学省と科学技術振興機構が、三つのテーマをビジョンとして提示しました。「少子高齢先進国としての持続性確保」「豊かな生活環境の構築」「活気ある持続可能な社会の構築」の3テーマです。このうち、北海道大学COIは「少子高齢先進国としての持続性確保」に参画しています。そのビジョンの実現を目指して、大きく「食」と「健康」という二つの柱を掲げました。

写真:鈴木敬子

 ——具体的にどんな形で実現させていくのでしょうか?

 筒井 大きく分けて4項目あります。一つ目は、自分の健康を自分できちんと管理する「セルフヘルスケアプラットフォーム」作り。二つ目は、自分の健康の度合いをリアルタイムで把握できる「健康ものさし」の開発。三つ目は、この「健康ものさし」を指標に、個々人に最適な食と運動のプログラムを提案する「美味しい食・楽しい運動」。四つ目は「セルフケア」や「健康ものさし」などのプロジェクトを実践する場としての「健康コミュニティ」づくりです。特にこの4番目のように、プロジェクトを実践、普及させる「場」の構築まで研究課題に含めているのは、私たちの拠点の大きな特徴です。

 ——全体で9年間、3年ごとに三つのフェーズに分けてプロジェクトが進行すると聞いています。最初のフェーズ1が2016年3月に終了しましたが、その3年間での進展を教えてください。

 筒井 私たちのビジョンがより明確になりました。大学と企業がオープンに議論を進めることが可能になり、双方の理解が深まって、いよいよ研究開発の基盤ができたと思います。

 具体的には、個人に最適な「美味しい食と楽しい運動」作りを目指して、北海道ならではの食材を生かした研究開発が始まりました。まさに「健康に資する食」作りです。なかでも注目している食材の一つが「アカモク」です。北海道の沿岸部でも水揚げされる海藻で、北海道大学水産学部で商品開発に向けた研究が進められています。

写真:北海道大学COI提供

 「健康に資する食」は健康な人が食べるものだけではありません。「おいしい病院食」を作る試みも始まっています。「病院の食事はおいしくない」とよく言われますが、その“常識”を変えます。同時にここでも北海道の食材を積極的に使います。この病院食メニュー作りを発展させ、北海道の食材を全国に広く提供するブランディングも手がけていきます。

 「セルフヘルスケアプラットフォーム」に関しては、二つのアプリケーションを開発しました。一つは妊婦さんや育児中のお母さんたちと地域の保健師をオンラインで結ぶ「家族健康手帳」です。2016年5月から北海道岩見沢市で提供しています。赤ちゃんの食事や便などの写真をアプリで撮影、送信すれば、健康状態や食事のバランスなどについて保健師がアドバイスをしてくれます。

 もう一つのアプリは、心不全の患者さんが退院後に自己管理を行うための「みまもり帖」です。心不全患者は高齢化とともに増加していて、患者さんは日本全体で約200万人に達します。入院治療で一旦はよくなるケースが多いのですが、退院後再び悪化し、再入院に至るケースがあります。悪化する大きな原因は、きちんと薬を飲まない、塩分や水分の摂りすぎなどです。自分で体重管理をし、食事療法や適切な運動を心がけることが必要なのですが、セルフケアが難しい。「みまもり帖」は体重や血圧、食事が記録でき、病気の状況を判断して受診を勧めてくれる機能が付いています。フェーズ2ではこのアプリのスマホ版を作り、より多くの患者さんに普及させたいと考えています。

写真:鈴木敬子

 ——玉腰先生は、筒井先生から研究リーダーを引き継がれました。フェーズ2に向けての目標を。

 玉腰 フェーズ1が終わり、研究開発の四つのテーマが、同じ大きな目標に向かって動いているところです。研究自体はそれぞれ担当する研究者が行っているので、私の役目はそれらを最終的に調和が取れた形にしていくことだろう、と考えています。

 また、サテライト拠点として参加している筑波大学、北里大学ともより密に連携していきたいですね。筑波大学のサテライトリーダーも女性の礒田博子先生なんですが、女性、そして若手が活躍できる研究環境も整えたいと考えています。少子高齢化の問題に取り組むプロジェクトですから、この問題を自分たちのこととして捉えられる女性や若い世代をうまくメンバーに加えていくことも大切だと思っています。

 ——長丁場のプロジェクトですが、既に3分の1が過ぎました。目標であるCOI開始から10年後の未来に、「こういうことが皆さんの生活の中でできるかも」という夢を語っていただけますか。

 玉腰 私が思い描くのは、個人だけでなく、街や地域が元気になるということです。元気というのは人によって違います。病気があってもおいしい病院食が食べられるとか、あるいは心不全を患っていてもきちんと管理されているといったことも含めて考えています。私たちのコンセプトの中に「健康で笑顔あふれる幸せ生活」という言葉があるのですが、個人が生き生きとした生活を送ることで、その街全体が元気になってほしいですね。それを実現するためのツールも作っていますので、北海道以外の多くの地域でも活用してもらい、みんなが元気で楽しく、笑顔で暮らせる街が日本中にできれば、と願っています。

 筒井 目指すビジョンは「健康長寿社会」です。子どもから子育て世代、さらには高齢者までが、自分で健康的な食生活や運動ができるような社会を実現したいですね。それは1人で取り組むより、周りの人たちと支え合いながらやるのが理想なんです。イメージするのは、昭和のご近所さんのコミュニティーのようなもの。しかし、かつてのように近所でお互いに食や健康のことまでかかわりあうような時代に戻ることはできません。

 そこでICT(情報通信技術)やIoT(モノのインターネット)、AI(人工知能)を導入して、新たな形でコミュニティーを構築しようとしているのが、私たちの挑戦なんです。ヘルスケアのプラットホームを作って、それを通じて「笑顔あふれる幸せな社会」を作っていきたい。北海道だけでなく、日本全体にこうした取り組みが広がっていくことが夢です。そのころには私自身がいい年になっているので、ぜひユーザーになりたいですね(笑)。

筒井裕之 九州大学大学院医学研究院循環器内科学・教授/北海道大学・客員教授
つつい・ひろゆき 1982年、九州大学医学部卒業。米サウスカロライナ医科大学留学、九州大学医学部循環器内科講師を経て、2004年より2016年6月まで、北海道大学大学院医学研究科循環病態内科学教授。2013年4月以降は北海道大学病院副病院長を併任。北海道大学COI「『食と健康の達人』拠点」研究リーダーを務めた。2016年7月より、九州大学大学院医学研究院循環器内科学教授、北海道大学客員教授、同COI拠点研究リーダー・アドバイザー。専門は循環器内科学一般、心不全、心筋症、高血圧、臨床疫学、酸化ストレス。高血圧・心筋梗塞・心不全などの心血管病の臨床研究を推進するとともに、心筋梗塞・心不全が発症・増悪する分子メカニズムの解明と新たな効果的治療法の開発を目指した基礎研究にも取り組んでいる。
玉腰暁子 北海道大学大学院医学研究科公衆衛生学分野・教授
たまこし・あきこ 1991年、名古屋大学大学院医学系研究科満了。同研究科准教授、国立長寿医療センター治験管理室長、愛知医科大学医学部(特任)教授を経て、2012年より現職。2016年7月より北海道大学COI「『食と健康の達人』拠点」研究リーダー。名古屋大学大学院博士課程所属時より、24施設の研究者が協力して約11万人の対象者を追跡する大規模なコホート研究(JACC Study)に関わり、がん、循環器疾患等の危険因子を主に生活習慣の観点から明らかにしただけでなく、他の大規模コホート研究と合わせ日本人のがん予防法や健康日本21の基礎データを提供するなど、世界に発信できる成果を挙げてきた。北海道大学では、道内の市町村と協力し複数の研究を実施。人を対象とした研究の倫理的法的社会的諸問題(ELSI)にも取り組んでいる。