生活というもののとらえ方が柔らかくなった

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 部屋の中にピアノがありますが、これも?

「木彫りと同じ2年ほど前から習い始めました。うちの奥さんのピアノで、僕は弾けませんでした。もともとジャズは好きで、若いころ植草甚一さんに憧れていました。ベースの音が好きで、ロン・カーターから入って、30代半ばには1日1枚新しいジャズのCDを買ったり借りたりして、聴いていましたよ。植草さんをまねて、自分の耳だけを頼りに好きなアルバム、アーティストを見つけ、入門書のたぐいは一切見ませんでした。1000枚手に入った時に、ためしに入門書を読んでみたら、あれも知ってるこれも知ってると。自分なりの体系が出来ていました。」

 聴くだけで、自分では弾けなかった?

「はい。鍵盤のたたき方から近所の師匠に習いだしました。自分の好きなジャズナンバーを簡単に弾いてみたいという思いからです。手がスムーズに流れるようになるまで、とにかく何度も何度も反復練習です。まだまだ下手です。」

 趣味多き人生のようにお見受けしますが、40代後半になってから急に、ですね。心境の変化のきっかけは何ですか。

「もともと僕は無趣味な人間でして、旅行やウオーキングは好きでしたが、家の中では小説を書くだけでした。僕は仕事に対してこだわり過ぎるところがありまして、20代で作家デビューしてから10年間は連載の依頼はすべて断り、長編はすべて書き下ろし作品で仕上げていました。しかし、推敲が多すぎて30代半ばで行き詰まってしまったんです」

 大学卒業後、出版社に入り、13年間編集者稼業を経験した後、91年「ハミングは二番まで」で第13回小説推理新人賞をお取りになり、翌年には「時よ夜の海に瞑れ」で長編デビュー、99年には「幻の女」で第52回日本推理作家協会賞を受賞するなど、順調な作家生活のようにお見受けしましたが。

「当時は推敲を始めると、登場人物もストーリーも変えて頭から直すので、結局別の作品を2,3本書いているのと同じことになってしまったんです。最後は2000枚、3000枚書いた原稿を、気に入らなくて頭から延々と書き直した末に捨ててしまい、あ、これは仕事のやり方を変えねば駄目だなと気づきました。そして、それ以降10年は、長編はすべて連載で書くようにしました。書き下ろしと連載と、両方やってみようかと思い始めたのは、つい最近のことです。不器用なんですよ。その行き詰った時期に、ジャズを聴くことにのめり込んだんですね」

 「幻の女」も昨年刊の「心に雹の降りしきる」も、香納さんの長編小説は、過去にあったもろもろのシガラミが、主人公によって一つ一つ解かれていくという複雑重層的な物語だけに、綿密なストーリーの組み立てに大変手がかかり、相当神経を使うのでしょうね。

「しかも、書いている途中で大きな変更を加えることも多いんです。このあいだも、ストーリーをどう変えようかと考えているうちに、悲鳴を上げました」

 そんなストレスの多い日々の中に、木彫りとピアノという趣味の時間を持った。何か変化は出てきましたか。

「生活というもののとらえ方が柔らかくなった気がします。それまでは、精いっぱいに小説を書く、それが私の生きる道、みたいな生き方でした。とがっていましたね。編集担当者の意見なども聞かない事が多かったですし。趣味のおかげで、何だか体も筋肉も柔らかくなった感じです。読書についても、最近、読み方が変わりました。今までは、やはり仕事のためというか、仕事に役立つ何かを吸収するという読み方でしたが、今はゆったりと、ごく普通の一読者として、楽しむ度合いが増えました。それに今は、例えばインタビュー記事はインタビューした人のもの、装丁は装丁家のもの、それに、本作りは編集者との共同作業、というふうに思うようになりました。迷い過ぎず、こだわり過ぎず、淡々と自分の仕事をやっていたいですね。」

  • JT
  • 日本推理作家協会