15年ごとに人生が回転してきているので、さて来年は…

3/3ページ
 

 重たい警察官シリーズとは別に、「武士道シックスティーン」といった爽やかな青春小説シリーズもお書きですが、これはどんなきっかけでしたか。

 「小中学生の剣道大会をたまたま見に行ったとき、試合と試合の合間に、女の子たちは胴と垂を着けたまま、自動販売器でアイスクリームなどを買っている。その姿の、りりしさと可愛らしさのミスマッチが印象的で、こういう感じの小説ができたらいいなと思ったのが最初です。小説が出たら、剣道をやっている男の子たちから『男子のも書いてください』と言われましたが、男の子の場合は、最強伝説を追う『少年ジャンプ』のような感じになってしまうので、それでは物語にならないなあと」

 シリーズものが多いようですが、続編を考えながら書いているのですか。

 「僕は本当に、初めはシリーズ化など考えないで書くんですよ。武士道シリーズも一作で終わるつもりでした。他の作品も、スッと入ってスッと終わりになる、そんな感じで書いているところが、続編のオファーをいただく要素になっているのかもしれません」

 今まで書いていなくて、今後書いてみたいものはありますか。

 「僕は、恋愛小説は書いていない。小説の中に登場人物が出そろってしまうと、決着のパターンが絞られてしまい、誰と誰がくっつくか、くっつかないかという物語だったらつまらないと思ってしまうから。でも、読者の方がわりと僕の作品の登場人物に思い入れを持って読んでくださっていることが分かってきて、だったら、それを見守ろうという方向性でなら恋愛小説を書いてみてもいいのかな、とは思い始めています」

 私は、「ストロベリーナイト」の主人公、若い刑事の姫川玲子より、「ドルチェ」「ドンナ ビアンカ」の40過ぎの刑事、魚住久江の方が、人生のいろいろな味を感じさせて、人間的な魅力を感じますね。

 「魚住久江を書き始めた時は、僕は彼女よりも年下だったんですが、本になった時には僕が追いついてしまって。僕も来年で45歳。15歳まで絵を描くのが大好きでしたし、30歳までは音楽を一生懸命にやってきた。15年ごとに人生が回転してきているので、さて来年からはどうなりますか」

〈次回は7月1日(月)・山田宗樹氏掲載予定〉

 

誉田哲也(ほんだ・てつや)
1969年東京都生まれ。学習院大卒業後、バンド活動を経て、2002年「妖の華」で第2回ムー伝奇ノベル大賞優秀賞を受賞し、翌年デビュー。同年「アクセス」で第4回ホラーサスペンス大賞特別賞を受賞。「ストロベリーナイト」や「ジウ」など人気シリーズ多数。最新刊は「ドンナ ビアンカ」。

取材を終えて  毎日新聞学芸部編集委員 網谷隆司郎
 小説家というと、小さい時から古今東西の小説を読んでいて、10代後半には文学青年ふうな雰囲気をまとっている、というイメージが昔からあったものだ。
 ところが、誉田さんは「僕に文学青年の要素はかけらもありませんよ」と高らかに笑い飛ばす。絵を描くのが好きだった少年は、15歳からロックバンドにハマり、30歳を迎えるまで自分で作詞作曲したおよそ100曲の歌をステージで歌い続けてきた。「歌は3分間のドラマ」という。30代からの遅い作家人生スタートだが、物語を作り出す技と力は、すでに十分な蓄積があったのだろう。
 ロックのリズムの影響か、文章のテンポが軽やかで、映像が浮かぶ文体でもある。「ストロベリーナイト」の姫川玲子シリーズ、「ドンナ ビアンカ」の魚住久江シリーズ、武士道シリーズなど、多くの誉田作品がドラマや映画になっているのも、現代のIT社会に生きる人間の鼓動を感じさせる文章だからかもしれない。
 15歳までの「絵画の時代」、15〜30歳の「ロックの時代」、そして30〜45歳の「小説の時代」と、15年単位で自分の人生の様相が大きく変わってきたと説明した後、「僕は来年45歳になります。その後はどうなりますか」と、いたずら坊やのような顔を、こちらに向けた。
 「では次回は、60歳の時にもう一度インタビューをお願いします」と言って、お別れした。

次へ
  • JT
  • 日本推理作家協会