図書館司書は辞めません

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 小学校卒業記念文集に、よく「将来の夢」を書きますよね。竹吉さんは何になりたいと?

 「名探偵、と書きました。子どもの頃から推理小説、ミステリー小説が好きでしたが、ただどちらかというと、天地が引っくり返るような事件や謎がある作品より、そんな事件に巻き込まれた人間がどう感じたか、感情の機微が丁寧に書かれている作品にひかれていました。人の気持ちの方に関心が強かった。そういう意味では、宮部みゆき先生の『模倣犯』が衝撃的でしたし、北村薫先生の『空飛ぶ馬』の微細な感情表現がすごいなあと」

 読むほうから、実際、物語を創り書くほうに興味、関心を強く持ったのはいつごろからですか。

 「小学校のときに演劇部に入っていて、劇の脚本なんかを勝手にコメディーに変えてしまったりしていました。先生が自由にやらせてくれる方だったんです。それと当時、チャプリンの作品と出会って、すごく衝撃を受けました。自分で物語を作って自分で演じることは、本当にすごいなあと。5、6年生の頃でしたか、『彦星と織姫』で私が彦星役をやって、子どもの遊びというんでしょうか、時間を気にせず、だらだらと面白いことを好き勝手に言うような芝居でした」

 実際に小説を書き始めたのは、まだ後のことですか。

 「幼い頃から作家志望はあって、まあカッコいいヒーローに憧れるような気分がずっとありました。中高生時代は、まあこれは男の子だったら一度は経験があるでしょうが、授業中にもし学校が何者かに占拠されたら、どうやって一人で相手を倒すか、というストーリーをぼんやりと考えたりしていました」

 まだ憧れにとどまっていた頃ですね。

 「浪人中や大学1、2年の頃にチャプリンに憧れて、映画のシナリオのようなものを書いたことはありましたが、友人に見せるだけで、劇団に持ち込むとかはしませんでした。大学3年生になってゼミに入った時、本気で小説家を目指している友人と出会いました。私はそれまで小説家への漠然とした憧れはありましたけど、友人から小説家になるには作品を投稿しなければ、ということに気づかされまして、その友人と一緒に書いて、ホームページに作品を公開したりしました」

 大学3年から4年にもなると、将来のこと、就職の話が具体的になります。そのころはどう考えていましたか。

 「もっと物語について学びたい、と大学院に進みました。自分の研究テーマは村上春樹でしたが、他の研究もしていて、志賀直哉と吉行エイスケの二人は私にとって神のような存在です。小説は志賀から、生き方はエイスケから学びました。毎年、私の誕生日には千葉県我孫子市にある志賀直哉邸跡に行って、ぼんやりと一日を過ごすようにしています」

 村上春樹については、修士論文を仕上げたのですか。

 「修士論文は『村上春樹における現代人のコミュニケーション論』です」

 難しそうですね。内容を30秒程度でご説明願えますか。

 「修士論文と言うよりは、研究から離れて気づいたんですが、村上春樹作品は、読んでいる人ごとに好きな理由が異なっていて、結構かみ合わないことが多い。まるで広大なお花畑みたいなもので、いろいろな花があって、その中でみんなが自分の一番好きな花を探す。私にとってはその花がコミュニケーションだったんだなと思います」

 面白そうですね。そのまま研究を続けていこうという気持ちはなかったんですか。

 「研究者の道は私には難しいかなと。そのころは公務員になりたいと思って、試験勉強もしたのですが、なかなかうまくいかず、結局、ある企業の人事部に1年間勤めました」

 たった1年?

 「ぜんそくがひどくなってしまい、退職しました。空気だけでなく、いろいろストレスもあったのかもしれません」

 その後、今の図書館司書になったわけですね。プロの作家デビューした今、司書はお辞めになるんですか。

 「いえ、辞めません。続けていきます。というのも、この仕事をしていて、自分の中でいいサイクルができていて、利用者の方々との会話で刺激を受ける部分があるからです。本好きな方と接していると、それがもっといいものを書こうという刺激になっています」

 今回の受賞は、地元ではもう知られていますよね。

 「ええ、地元の人も知っていて、顔なじみの方からは『受賞作を借りるよ。ごめん。買ったほうがいいかな』『偉くなったから、俺なんか恨まれてもう出入り禁止かな』などと声を掛けられます。図書館に来る方はいろいろな方がいて、意見も多岐にわたるので、一つの職種より司書という仕事はいろいろあって面白いですよ。受賞後は、『私のおすすめコーナー』などイベントの形でやらせていただきました」

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